銀鏡神社、一ツ瀬ダム(一ツ瀬川) (しろみじんじゃ、米良神楽(銀鏡神楽(イノシシの頭を供える))、銀鏡神楽の面 (シシトギリ (2個)、七鬼神、手力男命、柴荒神)、御神体 龍房山、イワナガヒメ、鏡、銀鏡伝承館、銀鏡川、銀鏡橋、銀鏡郵便局、かぐら里食品、銀鏡診療所、銀鏡中学校、銀鏡駐在所、JA西都東米良支所、赤鬚山 登山道 入り口、あかひげやま、東米良診療所、一ツ瀬ダムのダム湖(米良湖)での食用コイ養殖、いのししの頭、猪の頭)  (宮崎県西都市 (東米良) 大字銀鏡、大字中尾)







<標高、位置>  一ツ瀬川の「一ツ瀬ダム」は
標高 約200 m
 北緯32度12分28秒  東経131度18分10秒

<標高、位置>  東米良診療所は
標高 約240 m
 北緯32度13分15秒  東経131度16分59秒

<標高、位置>  国道と銀鏡への県道との 一の瀬 の三叉路(さんさろ)は 
標高 約220 m
 北緯32度13分04秒  東経131度15分51秒

<標高、位置>  銀鏡橋(しろみはし)は
標高 約220 m
 北緯32度15分53秒  東経131度15分08秒

<標高、位置>  銀鏡郵便局は
標高 約220 m
 北緯32度15分56秒  東経131度15分09秒

<標高、位置>  銀鏡駐在所は
標高 約220 m
 北緯32度15分58秒  東経131度15分09秒

<標高、位置>  銀鏡神社(しろみじんじゃ)は
標高 約260 m
 北緯32度15分36秒  東経131度15分11秒

<標高、位置>  銀鏡中学校は
標高 約260 m
 北緯32度15分41秒  東経131度15分09秒


 銀鏡神社は宮崎県西都市 大字銀鏡 518にあります。
「日向国鏡 銀鏡神社」の説明板から、
御神体 霊峰龍房山 御神鏡、
御祭神 岩長姫命(イワナガヒメ) 大山祇尊(オオヤマズミ) 懐良親王、
国指定重要無形民俗文化財 米良(銀鏡)神楽
県指定重要無形文化財 神鏡・神面(2)
と書かれています。
岩長姫命はコノハナサクヤヒメの姉で大山祇尊はコノハナサクヤヒメの父です。
御神体の「龍房山(標高 1020.6 m)」は銀鏡神社のすぐ東にある山です。 銀鏡神社は龍房山の麓(ふもと)にあります

イワナガヒメは「銀鏡神社」に祀(まつ)られています。 コノハナサクヤヒメは西都市の「都萬神社(つまじんじゃ)」に祀(まつ)られています。
 コノハナサクヤヒメを逢初川(あいぞめがわ)でみそめられたニニギノミコトはコノハナサクヤヒメの父である大山祇(おおやまずみ、山の神)に結婚を願い出ました。 (ニニギノミコトはその前に「筑紫の日向の高千穂のくじふる峰」に降臨しました。 これがいわゆる天孫降臨です。)
 大山祇(おおやまずみ、山の神)はコノハナサクヤヒメの姉であるイワナガヒメも(合わせて2人)を嫁としてもらって下さいと頼みました。 しかし、ニニギノミコトは姉であるイワナガヒメとは結婚しませんでした。
 イワナガヒメは悲しみ鏡を見つめていました。 ある時、鏡に「龍(りゅう)」が映(うつ)り、びっくりして後ろに鏡を投げました。 その鏡は山の山頂にある大きな木に掛(か)かりました。
 そして、下の村を照らしたのでその村は「白見村」と呼ばれました。 その鏡は銀の鏡だったので、地名は「銀鏡(しろみ)」と呼ばれるようになりました。
 またイワナガヒメが投げた鏡が掛(か)かった山は「龍房山(銀鏡神社の御神体、標高 1020.6 mで銀鏡神社のすぐ東にあります。)」と呼ばれます。
 イワナガヒメは岩のように長く変わらないので、結婚すればニニギノミコトの寿命が非常に長くなるはずでしたが、イワナガヒメとは結婚しなかったので寿命は短くなったそうです。 このことは日向神話(古事記、日本書紀)に書かれています。

「銀鏡神社」の説明板から、
御祭神 産土大神、三社大神を鎮祭する。
1。龍房山(銀鏡神社の後ろ(東)の山)中に鎮座之大神(本殿)、2。宿神三宝荒神、3。六社稲荷大明神
末社
1。山宮大神、猟之神、山之神 2。若宮大神、天照皇大神、天氏神主之祖神 3。八幡大神、春日大神、天照皇大神之守護神 4。八村神社、鈴木家之祖神 5。矢印の方向(→)に祖霊殿、神楽殿、社務所あり
神楽(かぐら) 神代神楽にて 国無形文化財指定 祖霊殿 旧神殿。

 「銀鏡神楽」は、九州山地の米良山系に約500年前から伝わる、狩猟民族と、熊本県の中世の豪族・菊池氏とともにこの地に入山した懐良(かねなが)親王の言い伝えに鵜戸神宮からの修験者系の神楽や日向神話などが混じった神楽と言われています。 銀鏡神楽は「米良神楽」として国指定 重要無形民俗文化財(昭和52年5月17日)になっています。 銀鏡神楽は奉納された数頭の「「イノシシの頭」を供(そな)えて舞われます。 これは狩猟民族の色濃い特色が現れたものです。 猪(いのしし)の頭を供えるのは銀鏡神楽だけの特徴だそうです。


 銀鏡郵便局は宮崎県西都市 大字銀鏡 687-1にあります。

 銀鏡駐在所は宮崎県西都市 大字銀鏡 689-6にあります。

 東米良診療所は宮崎県西都市 大字中尾171-9にあります。

 「一ツ瀬ダム」は宮崎県西都市 大字中尾 字的場にあります。 一ツ瀬川に造られたアーチ式ダムです。 一ツ瀬発電所もあります。
アーチ式コンクリートダム、堤高 130.0 m、堤頂長 415.6 m、堤体積 555、000 立方メートル、流域面積 445 平方キロメートル、湛水面積 686 ha、総貯水容量 261、315、000 立方メートル、有効貯水容量 155、500、000 立方メートル、利用目的 発電、事業主体 九州電力、発電所名 一ツ瀬発電所 18万キロワット、施工業者 鹿島建設、着工年/竣工年 1960年/1963年、労働者数 のべ 130万人。
一ツ瀬ダムのダム湖(米良湖)では食用鯉(コイ、こい)の養殖が湖面に浮かぶ「生け簀(いけす)」の中で行われています。 筏(いかだ)のように見えます。 コイ養殖は昭和40年代から行われています。 産卵、孵化(ふか)、稚魚、成魚まで一貫生産しています。 鉄筋の「いけす」の中で育てられます。


写真A: 一ツ瀬川にある「一ツ瀬ダム」のそばを国道 219号線が通っています。 左に階段が見えます。 その上は展望台になっています。
この国道を先に行くと尾八重(おはえ)、杉安、西都市の中心部に行きます。 手前に行くと銀鏡(しろみ)、西米良に行きます。



写真B: 「一ツ瀬ダム」のそばの国道 219号線。 左の階段を上がると展望台があります。



写真C: 国道 219号線から見た「一ツ瀬ダム」です。 ダム湖は「米良湖(めらこ)」と呼ばれます。



写真D: 国道 219号線から見た「一ツ瀬ダム」。



写真E: 国道 219号線から見た「一ツ瀬ダム」。 ダム湖は「米良湖(めらこ)」と呼ばれます。



写真F: 一ツ瀬川にある「一ツ瀬ダム」のそばを国道 219号線が通っています。



写真G: 国道脇にある展望台の下の崖(がけ)。



写真H: 上の方は展望台です。



写真I: 国道 219号線から見た「一ツ瀬ダム」。



写真J: 国道 219号線から見た「一ツ瀬ダム」。



写真K: 一ツ瀬ダムのそばに国道の「岩下トンネル」が見えます。



写真L: 一ツ瀬ダムの「慰霊碑(いれいひ)、展望台」の階段が国道脇(わき)にあります。



写真M: 「慰霊碑(いれいひ)、展望台」と彫(ほ)られています。



写真N: 一ツ瀬ダムの「慰霊碑(いれいひ)、展望台」の階段。



写真O: 展望台から見た一ツ瀬川の「一ツ瀬ダム」。
「一ツ瀬ダム」は宮崎県西都市 大字中尾 字的場にあります。 一ツ瀬川に造られたアーチ式ダムです。 一ツ瀬発電所もあります。
アーチ式コンクリートダム、堤高 130.0 m、堤頂長 415.6 m、堤体積 555、000 立方メートル、流域面積 445 平方キロメートル、湛水面積 686 ha、総貯水容量 261、315、000 立方メートル、有効貯水容量 155、500、000 立方メートル、利用目的 発電、事業主体 九州電力、発電所名 一ツ瀬発電所 18万キロワット、施工業者 鹿島建設、着工年/竣工年 1960年/1963年、労働者数 のべ 130万人。



写真P: 展望台から見た一ツ瀬川の「一ツ瀬ダム」。 アーチ式ダムです。 弓状に曲線になっているのがよく分かります。 対岸の建物も見えています。



写真Q: 展望台から見た一ツ瀬川の「一ツ瀬ダム」。 アーチ式ダムです。 弓状に曲線になっているのがよく分かります。 対岸の建物も見えています。
「一ツ瀬ダム」は宮崎県西都市 大字中尾 字的場にあります。 一ツ瀬川に造られたアーチ式ダムです。 一ツ瀬発電所もあります。
アーチ式コンクリートダム、堤高 130.0 m、堤頂長 415.6 m、堤体積 555、000 立方メートル、流域面積 445 平方キロメートル、湛水面積 686 ha、総貯水容量 261、315、000 立方メートル、有効貯水容量 155、500、000 立方メートル、利用目的 発電、事業主体 九州電力、発電所名 一ツ瀬発電所 18万キロワット、施工業者 鹿島建設、着工年/竣工年 1960年/1963年、労働者数 のべ 130万人。



写真R: 一ツ瀬ダムのダム湖と対岸の建物と山。 ダム湖の島も見えます。 ダム湖は「米良湖(めらこ)」と呼ばれます。
「一ツ瀬ダム」は宮崎県西都市 大字中尾 字的場にあります。 一ツ瀬川に造られたアーチ式ダムです。 一ツ瀬発電所もあります。
アーチ式コンクリートダム、堤高 130.0 m、堤頂長 415.6 m、堤体積 555、000 立方メートル、流域面積 445 平方キロメートル、湛水面積 686 ha、総貯水容量 261、315、000 立方メートル、有効貯水容量 155、500、000 立方メートル、利用目的 発電、事業主体 九州電力、発電所名 一ツ瀬発電所 18万キロワット、施工業者 鹿島建設、着工年/竣工年 1960年/1963年、労働者数 のべ 130万人。



写真S: ダムの対岸の山。 山稜(さんりょう)の送電線の鉄塔とその左下に人家も見えます。



写真T: 一ツ瀬ダムのダム湖の中にある「東米良診療所」。 東米良診療所は宮崎県西都市 大字中尾171-9にあります。



写真U: 一ツ瀬ダムのダム湖の中にある「東米良診療所」。



写真V: 一ツ瀬ダムのダム湖の中にある「東米良診療所」。



写真W: 一ツ瀬ダムのダム湖の中にある「東米良診療所」。



写真X: 一ツ瀬ダムのダム湖の中にある「東米良診療所」。



写真Y: 一ツ瀬ダムのダム湖の中にある「東米良診療所」に行く道。 ダム湖も見えます。 ダム湖は「米良湖(めらこ)」と呼ばれます。



写真Z: ダム湖には養殖のための筏(いかだ)が見えます。
ダム湖は「米良湖(めらこ)」と呼ばれます。
一ツ瀬ダムのダム湖(米良湖)では食用鯉(コイ、こい)の養殖が湖面に浮かぶ「生け簀(いけす)」の中で行われています。 筏(いかだ)のように見えます。 コイ養殖は昭和40年代から行われています。 産卵、孵化(ふか)、稚魚、成魚まで一貫生産しています。 鉄筋の「いけす」の中で育てられます。
「一ツ瀬ダム」は一ツ瀬川に造られたアーチ式ダムです。 一ツ瀬発電所もあります。
アーチ式コンクリートダム、堤高 130.0 m、堤頂長 415.6 m、堤体積 555、000 立方メートル、流域面積 445 平方キロメートル、湛水面積 686 ha、総貯水容量 261、315、000 立方メートル、有効貯水容量 155、500、000 立方メートル、利用目的 発電、事業主体 九州電力、発電所名 一ツ瀬発電所 18万キロワット、施工業者 鹿島建設、着工年/竣工年 1960年/1963年、労働者数 のべ 130万人。



写真AA: バス停「診療所前」があります。 東米良診療所は宮崎県西都市 大字中尾171-9にあります。



写真AB: 東米良診療所は「平成16年度 木の香あふれる郷土づくり事業 補助対象施設」です。



写真AC: 東米良診療所に九面観音菩薩と達磨(だるま)像があります。



写真AD: 一ツ瀬ダムのダム湖の中にある「東米良診療所」。 東米良診療所は宮崎県西都市 大字中尾171-9にあります。



写真AE: バスがちょうど来ていました。



写真AF: 一ツ瀬ダムのダム湖の中にある「東米良診療所」。 東米良診療所は宮崎県西都市 大字中尾171-9にあります。



写真AG: 「東米良診療所」から見た一ツ瀬ダムのダム湖。 養殖のための筏(いかだ)が見えています。
ダム湖は「米良湖(めらこ)」と呼ばれます。
一ツ瀬ダムのダム湖(米良湖)では食用鯉(コイ、こい)の養殖が湖面に浮かぶ「生け簀(いけす)」の中で行われています。 筏(いかだ)のように見えます。 コイ養殖は昭和40年代から行われています。 産卵、孵化(ふか)、稚魚、成魚まで一貫生産しています。 鉄筋の「いけす」の中で育てられます。



写真AH: 「東米良診療所」から見た一ツ瀬ダムのダム湖。 養殖のための筏(いかだ)が見えています。
ダム湖は「米良湖(めらこ)」と呼ばれます。
一ツ瀬ダムのダム湖(米良湖)では食用鯉(コイ、こい)の養殖が湖面に浮かぶ「生け簀(いけす)」の中で行われています。 筏(いかだ)のように見えます。 コイ養殖は昭和40年代から行われています。 産卵、孵化(ふか)、稚魚、成魚まで一貫生産しています。 鉄筋の「いけす」の中で育てられます。
「一ツ瀬ダム」は一ツ瀬川に造られたアーチ式ダムです。 一ツ瀬発電所もあります。
アーチ式コンクリートダム、堤高 130.0 m、堤頂長 415.6 m、堤体積 555、000 立方メートル、流域面積 445 平方キロメートル、湛水面積 686 ha、総貯水容量 261、315、000 立方メートル、有効貯水容量 155、500、000 立方メートル、利用目的 発電、事業主体 九州電力、発電所名 一ツ瀬発電所 18万キロワット、施工業者 鹿島建設、着工年/竣工年 1960年/1963年、労働者数 のべ 130万人。



写真AI: ダム湖の養殖のためのイカダ。
ダム湖は「米良湖(めらこ)」と呼ばれます。
一ツ瀬ダムのダム湖(米良湖)では食用鯉(コイ、こい)の養殖が湖面に浮かぶ「生け簀(いけす)」の中で行われています。 筏(いかだ)のように見えます。 コイ養殖は昭和40年代から行われています。 産卵、孵化(ふか)、稚魚、成魚まで一貫生産しています。 鉄筋の「いけす」の中で育てられます。



写真AJ: 国道219号線の銀鏡トンネル(しろみとんねる)が見えています。 このトンネルと抜けると西米良です。 銀鏡トンネルの北東入り口のそばに三叉路(さんさろ)があります。 ここを北へ行くと銀鏡神社、銀鏡郵便局、銀鏡駐在所、銀上小学校、銀鏡中学校などがあり、さらに北に進むと南郷に行きます。



写真AK: この三叉路(さんさろ)にガソリンスタンドがあります。 銀鏡トンネルの北東入り口のそばに三叉路(さんさろ)があります。 ここを北へ行くと銀鏡神社、銀鏡郵便局、銀鏡駐在所、銀上小学校、銀鏡中学校などがあり、さらに北に進むと南郷に行きます。
ガソリンスタンドの右の道は国道219号線で、少し先に行くと一ツ瀬ダムのダム湖にかかる大きな吊り橋「米良大橋(めらおおはし)」があります。



写真AL: この三叉路に「一の瀬食堂」があり、自動販売機も見えます。



写真AM: 銀鏡トンネルのそばの三叉路には多くの看板(かんばん)があります。 「銀鏡神社まであと 9 kmです。 約15分、 銀鏡神楽 国指定重要無形民俗文化財(昭和52年指定)、銀鏡夜神楽は毎年12月14、15日です。
西都市観光協会」
と書いてあります。



写真AN: 「春の烏帽子岳(えぼしだけ) ふれあい登山、集合場所 烏帽子岳登山口 国道219号線一ノ瀬より、県道39号へ右折,美郷町(旧 南郷村)方向に北上し,林道へ左折します。 西都市グリーン ツーリズム研究会事務局」
と書いてあります。
「ゆず工場 かぐら里食品」の看板もあります。



写真AO: 県道 39号線です。 これを北へ行くと銀鏡神社、銀鏡郵便局、銀鏡駐在所、銀上小学校、銀鏡中学校などがあり、さらに北に進むと南郷に行きます。



写真AP: 一の瀬の三叉路付近の様子。



写真AQ: 「いきいき 集落」の幟(のぼり)があります。 これを先に行くと銀鏡神社、銀鏡郵便局、銀鏡駐在所、銀上小学校、銀鏡中学校などがあり、さらに北に進むと南郷に行きます。



写真AR: 梅の花が満開でした。



写真AS: 県道 39号線の付近の様子(ようす)。



写真AT: 県道 39号線の付近の様子(ようす)。



写真AU: 県道 39号線。 来た方向を振り返ったもの。 先には銀鏡トンネルのそばの「一の瀬 三叉路」があります。



写真AV: 県道 39号線の付近の様子(ようす)。



写真AW: 県道 39号線。 バス停「栗八重」とその左に「赤鬚山 登山道入口(あかひげやまとざんどういりぐち)」の看板があります。 赤鬚山は標高 951.5 mで、西都市(東米良)と西米良にまたがります。 先は銀鏡郵便局などがあります。



写真AX: 「赤鬚山 登山道入口(あかひげやまとざんどういりぐち)」の看板があります。 赤鬚山は標高 951.5 mで、西都市(東米良)と西米良にまたがります。



写真AY: バス停「栗八重」があります。



写真AZ: 「赤鬚山 登山道入口(あかひげやまとざんどういりぐち)」の看板から少し西に行くとこのような建物があります。 赤鬚山は標高 951.5 mで、西都市(東米良)と西米良にまたがります。



写真BA: 建物の左に石造物があります。 花が供(そな)えてありました。



写真BB: 銀鏡郵便局などがある大字銀鏡(しろみ)の集落に着きました。
県道 39号線。



写真BC: 赤いものは銀鏡川にかかっている銀鏡橋(しろみはし)です。 銀鏡神社、銀鏡中学校へはこの橋を渡ります。
手前は県道 39号線。



写真BD: 手前は県道 39号線。 銀鏡川の対岸の山、左に赤い銀鏡橋が見えます。



写真BE: 銀鏡川の銀鏡橋の近くの景色です。 県道 39号線。



写真BF: 銀鏡川の銀鏡橋の近くの景色です。 県道 39号線。



写真BG: 銀鏡川の銀鏡橋の近くの景色です。



写真BH: 銀鏡川の銀鏡橋の近く。



写真BI: 銀鏡川の銀鏡橋の近く。



写真BJ: 銀鏡川の銀鏡橋の近く。



写真BK: 銀鏡川の銀鏡橋。
岩長姫命(イワナガヒメ)はコノハナサクヤヒメの姉で大山祇尊(オオヤマズミ)はコノハナサクヤヒメの父です。
銀鏡神社 御神体の「龍房山(標高 1020.6 m)」は銀鏡神社のすぐ東にある山です。 銀鏡神社は龍房山の麓(ふもと)にあります

イワナガヒメは「銀鏡神社」に祀(まつ)られています。 コノハナサクヤヒメは西都市の「都萬神社(つまじんじゃ)」に祀(まつ)られています。
 コノハナサクヤヒメを逢初川(あいぞめがわ)でみそめられたニニギノミコトはコノハナサクヤヒメの父である大山祇(おおやまずみ、山の神)に結婚を願い出ました。 (ニニギノミコトはその前に「筑紫の日向の高千穂のくじふる峰」に降臨しました。 これがいわゆる天孫降臨です。)
 大山祇(おおやまずみ、山の神)はコノハナサクヤヒメの姉であるイワナガヒメも(合わせて2人)を嫁としてもらって下さいと頼みました。 しかし、ニニギノミコトは姉であるイワナガヒメとは結婚しませんでした。
 イワナガヒメは悲しみ鏡を見つめていました。 ある時、鏡に「龍(りゅう)」が映(うつ)り、びっくりして後ろに鏡を投げました。 その鏡は山の山頂にある大きな木に掛(か)かりました。
 そして、下の村を照らしたのでその村は「白見村」と呼ばれました。 その鏡は銀の鏡だったので、地名は「銀鏡(しろみ)」と呼ばれるようになりました。
 またイワナガヒメが投げた鏡が掛(か)かった山は「龍房山(銀鏡神社の御神体、標高 1020.6 mで銀鏡神社のすぐ東にあります。)」と呼ばれます。
 イワナガヒメは岩のように長く変わらないので、結婚すればニニギノミコトの寿命が非常に長くなるはずでしたが、イワナガヒメとは結婚しなかったので寿命は短くなったそうです。 このことは日向神話(古事記、日本書紀)に書かれています。



写真BL: 宮崎県西都市の(東米良)大字銀鏡にある 銀鏡川。



写真BM: 宮崎県西都市 大字銀鏡(しろみ)の県道 39号線。 バス停「銀鏡診療所前」が見えます。 先は銀鏡郵便局、銀鏡中学校、銀上小学校などがあります。 さらに北に行くと南郷に行きます。



写真BN: バス停「銀鏡診療所前」。 県道 39号線。 先は銀鏡郵便局、銀鏡中学校、銀上小学校などがあります。 さらに北に行くと南郷に行きます。



写真BO: バス停「銀鏡診療所前」。 県道 39号線。
銀鏡橋を渡ると左手に銀鏡診療所があります。



写真BP: 「NTT西日本 銀鏡交換所」があります。



写真BQ: 「NTT西日本 銀鏡交換所」があります。



写真BR: 「銀鏡神社→」、「銀鏡中学校→」、「銀上小学校↑」の道路標識があります。 「西都市 山村憩いの家←」の看板もあります。



写真BS: 「銀鏡神社→」、「銀鏡中学校→」、「銀上小学校↑」の道路標識があります。



写真BT: 「西都市 山村憩いの家←」の看板もあります。



写真BU: 銀鏡川の「銀鏡橋」。 この橋を渡って行くと銀鏡診療所、銀鏡神社、銀鏡中学校、ゆず工場 かぐら里食品などがあります。
「いきいき 集落」の旗もあります。



写真BV: 銀鏡橋に行く角に商店があります。



写真BW: 「ゆず工場 かぐら里食品、850 m先→」の看板があります。
「↑烏帽子岳(えぼしだけ)」、「→龍房山、オサレ山、雪降山」の看板もあります。



写真BX: 「↑烏帽子岳(えぼしだけ)」、「→龍房山、オサレ山、雪降山」の看板もあります。



写真BY: 西都市 大字銀鏡(しろみ)にある銀鏡川の銀鏡橋。 この橋を渡って行くと銀鏡診療所、銀鏡神社、銀鏡中学校、ゆず工場 かぐら里食品などがあります。



写真BZ: しめ縄がありました。



写真CA: 西都農業協同組合東米良支所(JA西都東米良支所)は宮崎県西都市 大字銀鏡 685にあります。 左の建物がJA西都東米良支所です。 県道 39号線。



写真CB: 西都農業協同組合東米良支所(JA西都東米良支所)は宮崎県西都市 大字銀鏡 685にあります。
建物がJA西都東米良支所です。



写真CC: 西都農業協同組合東米良支所(JA西都東米良支所)は宮崎県西都市 大字銀鏡 685にあります。 左の建物がJA西都東米良支所です。 県道 39号線。



写真CD: 西都農業協同組合東米良支所(JA西都東米良支所)は宮崎県西都市 大字銀鏡 685にあります。



写真CE: 来た道を振り返ったもの。 県道 39号線。



写真CF: 銀鏡郵便局は宮崎県西都市 大字銀鏡 687-1にあります。
左の建物が銀鏡郵便局です。 県道 39号線。



写真CG: 銀鏡郵便局は宮崎県西都市 大字銀鏡 687-1にあります。
左の建物が銀鏡郵便局です。



写真CH: 銀鏡郵便局は宮崎県西都市 大字銀鏡 687-1にあります。
「いきいき 集落」の旗があります。
建物は銀鏡郵便局です。



写真CI: 銀鏡郵便局は宮崎県西都市 大字銀鏡 687-1にあります。
銀鏡郵便局の前に郵便ポストもあります。



写真CJ: 銀鏡郵便局は宮崎県西都市 大字銀鏡 687-1にあります。 県道 39号線。



写真CK: 銀鏡郵便局は宮崎県西都市 大字銀鏡 687-1にあります。



写真CL: 「民宿 しろみ」があります。 「いきいき 集落」の旗もあります。 奥の方に銀鏡駐在所の建物が見えます。 県道 39号線。



写真CM: 「民宿 しろみ」があります。 「いきいき 集落」の旗もあります。



写真CN: 銀鏡駐在所は宮崎県西都市 大字銀鏡 689-6にあります。
左の建物が銀鏡駐在所です。 県道 39号線。



写真CO: 銀鏡駐在所は宮崎県西都市 大字銀鏡 689-6にあります。
左の建物が銀鏡駐在所です。 県道 39号線。



写真CP: 銀鏡駐在所は宮崎県西都市 大字銀鏡 689-6にあります。
左の建物が銀鏡駐在所です。 県道 39号線。



写真CQ: 銀鏡駐在所は宮崎県西都市 大字銀鏡 689-6にあります。
右の建物が銀鏡駐在所です。



写真CR: 銀鏡駐在所は宮崎県西都市 大字銀鏡 689-6にあります。
右の建物が銀鏡駐在所です。



写真CS: 「銀鏡駐在所」と書いてあります。
銀鏡駐在所は宮崎県西都市 大字銀鏡 689-6にあります。



写真CT: 銀鏡駐在所は宮崎県西都市 大字銀鏡 689-6にあります。



写真CU: 銀鏡駐在所は宮崎県西都市 大字銀鏡 689-6にあります。
右手にバス停「銀鏡(しろみ)」があります。 先に行くと左手に「銀上小学校」があり、さらに北に行くと南郷に行きます。 県道 39号線。



写真CV: 銀鏡駐在所は宮崎県西都市 大字銀鏡 689-6にあります。
パトカーも見えています。



写真CW: 銀鏡駐在所は宮崎県西都市 大字銀鏡 689-6にあります。



写真CX: 銀鏡駐在所は宮崎県西都市 大字銀鏡 689-6にあります。



写真CY: 銀鏡駐在所は宮崎県西都市 大字銀鏡 689-6にあります。



写真CZ: 銀鏡駐在所は宮崎県西都市 大字銀鏡 689-6にあります。 県道 39号線。



写真DA: バス停「銀鏡(しろみ)」があります。



写真DB: そばを銀鏡川が流れています。 水はとても澄んでいます。 ここから河原に降りることができます。



写真DC: 商店があります。 先に行くと左手に「銀上小学校」があり、さらに北に行くと南郷に行きます。 県道 39号線。 対岸の人家も見えます。



写真DD: 県道 39号線のそばを銀鏡川が流れています。 水は澄んでいます。 ここから河原に降りることができます。



写真DE: 県道 39号線のそばを銀鏡川が流れています。 水は澄んでいます。



写真DF: 県道 39号線のそばを銀鏡川が流れています。 水は澄んでいます。



写真DG: 先程の銀鏡川の「銀鏡橋(しろみはし、昭和37年12月竣工)」に戻(もど)ってきました。



写真DH: 銀鏡川の「銀鏡橋(しろみはし、昭和37年12月竣工)」。 この橋を渡って行くと銀鏡診療所、銀鏡神社、銀鏡中学校、ゆず工場 かぐら里食品などがあります。



写真DI: 銀鏡川の「銀鏡橋(しろみはし、昭和37年12月竣工)」。



写真DJ: 銀鏡川の銀鏡橋。 上流方向(北)の景色。



写真DK: 銀鏡川の銀鏡橋。 上流方向(北)の景色。



写真DL: 銀鏡川の銀鏡橋。 下流方向(南)の景色。 右側を県道 39号線が通っています。



写真DM: 銀鏡橋から見た景色。 銀鏡川の右岸(下流に向かって右)。 川と山の間に県道が通っていて,そのそばに家並みがあります。



写真DN: 銀鏡橋から見た景色。 銀鏡川の右岸(下流に向かって右)。 川と山の間に県道が通っていて,そのそばに家並みがあります。



写真DO: 銀鏡橋から見た景色。 銀鏡川上流方向。 山も見えています。



写真DP: 銀鏡橋から見た景色。 銀鏡川上流方向。



写真DQ: 銀鏡川の「銀鏡橋(しろみはし、昭和37年12月竣工)」。 この橋を渡って行くと銀鏡診療所、銀鏡神社、銀鏡中学校、ゆず工場 かぐら里食品などがあります。



写真DR: 銀鏡川の上流方向。



写真DS: 銀鏡川の「銀鏡橋(しろみはし、昭和37年12月竣工)」。



写真DT: 銀鏡川の「銀鏡橋(しろみはし、昭和37年12月竣工)」。



写真DU:  銀鏡橋の西側の景色。



写真DV:  銀鏡橋を東に渡ったところに史跡案内板があります。
六社稲荷神社 後上方300 m 稲荷山に鎮座 米良山の地主神なり。
八坂神社 後上方50 m 祇園様と称し、岩元将軍 地蔵を合祀(ごうし)。
古城城趾 後上方200 m 米良岩見守重続公および菊池家城趾。
栄岸寺跡 後上方200 m 古代より菊池家の菩提寺(ぼだいじ)。
と書いてあります。



写真DW: 「史跡案内」の説明板。
六社稲荷神社 後上方300 m 稲荷山に鎮座 米良山の地主神なり。
八坂神社 後上方50 m 祇園様と称し、岩元将軍 地蔵を合祀(ごうし)。
古城城趾 後上方200 m 米良岩見守重続公および菊池家城趾。
栄岸寺跡 後上方200 m 古代より菊池家の菩提寺(ぼだいじ)。
と書いてあります。



写真DX: 集会所と思われます。 歌声が聞こえていました。



写真DY: 「馬酔木(あせび、アセビ)の花」が咲いていました。
有毒植物です。



写真DZ: 「馬酔木(あせび、アセビ)の花」が咲いていました。



写真EA: 「銀鏡診療所」があります。



写真EB: 中央の白壁建物が銀鏡診療所です。



写真EC: 銀鏡神社、銀鏡中学校、ゆず工場 かぐら里食品に行くにはこの三叉路(さんさろ)を右に行きます。



写真ED: 駐車場の向こうは登内川が流れています。 登内川は銀鏡橋の少し下流で銀鏡川に合流します。



写真EE: 銀鏡診療所の近くの様子(ようす)。



写真EF: 銀鏡診療所から銀鏡橋方向を見た景色。



写真EG: 登内川の原児橋です。



写真EH: 梅の花が咲いていました。 背景は登内川の原児橋。



写真EI: 「警告 不法投棄巡視区域、ここは、不法投棄パトロールの実施区域です。 ごみ等が投棄された場合には、ごみの内容などから投棄したものを調べ、その責任において処理していただきます。 ゴミを投棄すると、処罰されます。 西都市 高鍋保健所 西都警察署」
と書いてあります。



写真EJ: 「日向国鏡 銀鏡神社 参道入口→」の看板と「ゆず工場 →700 m先 かぐら里食品」の看板があります。



写真EK: 登内川の原児橋のたもとの三叉路(さんさろ)。



写真EL: 「日向国鏡 銀鏡神社 参道入口→」の看板。



写真EM: 「ゆず工場 →700 m先 かぐら里食品」の看板。



写真EN: 「銀鏡中学校、銀鏡神社→」の標識があります。 登内川の原児橋のたもと。



写真EO: 「銀鏡中学校、銀鏡神社→」の標識。



写真EP: 登内川に降りる階段があります。 水は澄(す)んでいます。



写真EQ: 「民有林林道 登内線、幅員 4.0 m、全延長 4,988 m、設計速度 20 km/時、落石には,十分注意して下さい。 カーブでは、必ず徐行して下さい。 路肩の走行は避けて下さい。 平成5年3月 管理者 西都市」
と書いてあります。



写真ER: 民有林林道 登内線から登内川の原児橋を見たもの。



写真ES: 登内川の原児橋(平成6年3月完成)。 登内川は銀鏡川と合流します。



写真ET: 登内川の原児橋(平成6年3月完成)。 登内川は銀鏡川と合流します。



写真EU: 「平成5年度 広域基幹林道 尾八重・銀鏡線 (V工区)開設事業 (株)佐伯組 宮崎県林務部」
と書いてあります。



写真EV: 原児橋から見た登内川の上流側。 水が緑色に澄(す)んでいます。



写真EW: 原児橋から見た登内川の上流側。 水が緑色に澄(す)んでいます。 左の道は民有林林道 登内線です。



写真EX: 原児橋から見た登内川の下流側。



写真EY: 原児橋から見た登内川の下流側。



写真EZ: 「林道 尾八重・銀鏡線、林道の規格・構造は、公道とは異なり路肩の保全、法面の落石防止などの処理が十分でありませんので、利用される方は次の事項を厳守のうえ通行してください。
1。 降雨、降雪時には、スリップまたは落石の危険があります。
2。 車のスピードは、20 km/時 以下として下さい。
3。 夜間または濃霧の時の通行は避けて下さい。
4。 見通しの悪い箇所での駐車は避けて下さい。
管理者 西都市」
と書いてあります。



写真FA: 登内川の原児橋(平成6年3月完成)。



写真FB: 原児橋を渡って坂道を登っていきます。



写真FC: しばらく行くと交差点があります。 車が見えている右の道を行くと銀鏡神社、ゆず工場 かぐら里食品があります。 真ん中の細めの道を行くと銀鏡中学校に行きます。 左の道は林道 尾八重・銀鏡線です。



写真FD: 手前は茶畑で、建物は茶の乾燥場と思われます。



写真FE: 銀鏡の茶畑です。



写真FF: 手前は茶畑で、建物は茶の乾燥場と思われます。 銀鏡川の対岸の山も見えます。



写真FG: 「銀鏡神社へ」と「ゆず工場 →450 m先 かぐら里食品」の標識があります。 左の道は銀鏡中学校への道です。



写真FH: 「ようこそ 銀鏡中学校へ」と書いた看板(かんばん)があります。



写真FI: 「林道 尾八重・銀鏡線、銀鏡中学校、銀鏡神社。 ☆通学のため安全運転を!!」と書いた看板があります。



写真FJ: 林道 尾八重・銀鏡線。



写真FK: 銀鏡中学校に行く道。



写真FL: 銀鏡神社と「ゆず工場 かぐら里食品」に行く道。



写真FM: 銀鏡中学校の登校路。 坂道になっています。



写真FN: 西都市立 銀鏡中学校の体育館が見えてきました。 西都市立 銀鏡中学校は宮崎県西都市 大字銀鏡 466にあります。



写真FO: 銀鏡中学校の校章が体育館の壁にあります。



写真FP: 「銀鏡中」と書いた看板があります。



写真FQ: 西都市立 銀鏡中学校の体育館の壁には「銀鏡神楽(米良神楽、しろみかぐら)」の絵も描かれています。 銀鏡神楽は奉納された数頭の「「イノシシの頭」を供(そな)えて舞われます。 これは狩猟民族の色濃い特色が現れたものです。 猪(いのしし)の頭を供えるのは銀鏡神楽だけの特徴だそうです。



写真FR: 西都市立 銀鏡中学校の校舎。



写真FS: 「西都市立銀鏡中学校、Siromi Chugakko)」と書かれた門札(もんさつ)。



写真FT: 銀鏡中学校の登校路、門、校舎。



写真FU: 西都市立 銀鏡中学校は宮崎県西都市 大字銀鏡 466にあります。 銀鏡中学校の校舎。
校舎と国旗掲揚のポール。



写真FV: これが龍房山(標高 1020.6 m)と思われます。
手前は銀鏡中学校のグランド。



写真FW: 「友情 忍耐 自主、銀鏡中学校創立50周年記念碑 平成9年2月吉日」と書かれた石碑(せきひ)があります。



写真FX: 「友情 忍耐 自主、銀鏡中学校創立50周年記念碑 平成9年2月吉日」と書かれた石碑(せきひ)があります。



写真FY: 「友情 忍耐 自主、銀鏡中学校創立50周年記念碑 平成9年2月吉日」と書かれた石碑(せきひ)があります。



写真FZ: 銀鏡中学校の掲示板。 「きょうも元気で明るいあいさつ」と書かれています。



写真GA: 「健康で礼儀正しくなろう」と書かれています。
 

写真GB: 西都市立 銀鏡中学校は宮崎県西都市 大字銀鏡 466にあります。
銀鏡中学校の校舎。



写真GC: 西都市立 銀鏡中学校。 右の山と空の間付近に携帯電話のアンテナが見えます。 このアンテナの少し右の峰が龍房山(標高 1020.6 m)と思われます。
左が銀鏡中学校の校舎、右が銀鏡中学校のグランド。  国旗掲揚(こっきけいよう)のポールもあります。 奥に人家も見えています。



写真GD: 銀鏡中学校のグランド。 鉄棒なども見えています。



写真GE: 「昭和59年度 第38回卒業記念樹 五葉松一本、担任と卒業生の名前」が書かれた石碑(せきひ)があります。



写真GF: 林の中に椎茸(しいたけ)栽培の木材が見えます。



写真GG: 銀鏡神社に行く道沿(ぞ)いに「梅の花」が咲いていました。



写真GH: 道端(みちばた)に「西都市」と書いてあるコンクリート製のものがあります。



写真GI: 銀鏡神社に行く途中に「ゆず工場 かぐら里食品」の建物が見えます。 手前は田んぼです。



写真GJ: 銀鏡神社に行く途中に「ゆず工場 かぐら里食品」の建物が見えます。 手前は田んぼです。



写真GK: 銀鏡神社(しろみじんじゃ)の鳥居(とりい)が見えてきました。 銀鏡神社は宮崎県西都市 大字銀鏡 518にあります。
龍房山(標高 1020.6 m)の山麓(さんろく)にあります。



写真GL: 銀鏡神社の鎮守(ちんじゅ)の森。 下に鳥居(とりい)も見えています。



写真GM: 銀鏡神社の鎮守(ちんじゅ)の森。



写真GN: 銀鏡神社の前の景色。



写真GO: 銀鏡神社の前の景色。 「ゆず工場 かぐら里食品」の建物が見えます。



写真GP: 銀鏡神社の前の景色。 「ゆず工場 かぐら里食品」の建物が見えます。 銀鏡川の右岸(川下を見て右側)の山も見えます。 赤鬚山(あかひげやま、標高 951.5 m)も見えているかも知れません。



写真GQ: 銀鏡神社の前の景色。 「ゆず工場 かぐら里食品」の建物が見えます。 銀鏡川の右岸(川下を見て右側)の山も見えます。 赤鬚山(あかひげやま、標高 951.5 m)も見えているかも知れません。



写真GR: 来た道を振り返ったもの。 左奥に梅の花が見えます。 手前は田んぼです。



写真GS: 来た道を振り返ったもの。



写真GT: 宮崎県西都市 大字銀鏡にある銀鏡神社(しろみじんじゃ)の鳥居(とりい)。 左は手水舎(ちょうずや)です。 右に石碑(せきひ)も見えます。
「銀鏡神楽」は、九州山地の米良山系に約500年前から伝わる、狩猟民族と、熊本県の中世の豪族・菊池氏とともにこの地に入山した懐良(かねなが)親王の言い伝えに鵜戸神宮からの修験者系の神楽や日向神話などが混じった神楽と言われています。 銀鏡神楽は「米良神楽」として国指定 重要無形民俗文化財(昭和52年5月17日)になっています。 銀鏡神楽は奉納された数頭の「「イノシシの頭」を供(そな)えて舞われます。 これは狩猟民族の色濃い特色が現れたものです。 猪(いのしし)の頭を供えるのは銀鏡神楽だけの特徴だそうです。

岩長姫命(イワナガヒメ)はコノハナサクヤヒメの姉で大山祇尊(オオヤマズミ)はコノハナサクヤヒメの父です。
銀鏡神社 御神体の「龍房山(標高 1020.6 m)」は銀鏡神社のすぐ東にある山です。 銀鏡神社は龍房山の麓(ふもと)にあります

イワナガヒメは「銀鏡神社」に祀(まつ)られています。 コノハナサクヤヒメは西都市の「都萬神社(つまじんじゃ)」に祀(まつ)られています。
 コノハナサクヤヒメを逢初川(あいぞめがわ)でみそめられたニニギノミコトはコノハナサクヤヒメの父である大山祇(おおやまずみ、山の神)に結婚を願い出ました。 (ニニギノミコトはその前に「筑紫の日向の高千穂のくじふる峰」に降臨しました。 これがいわゆる天孫降臨です。)
 大山祇(おおやまずみ、山の神)はコノハナサクヤヒメの姉であるイワナガヒメも(合わせて2人)を嫁としてもらって下さいと頼みました。 しかし、ニニギノミコトは姉であるイワナガヒメとは結婚しませんでした。
 イワナガヒメは悲しみ鏡を見つめていました。 ある時、鏡に「龍(りゅう)」が映(うつ)り、びっくりして後ろに鏡を投げました。 その鏡は山の山頂にある大きな木に掛(か)かりました。
 そして、下の村を照らしたのでその村は「白見村」と呼ばれました。 その鏡は銀の鏡だったので、地名は「銀鏡(しろみ)」と呼ばれるようになりました。
 またイワナガヒメが投げた鏡が掛(か)かった山は「龍房山(銀鏡神社の御神体、標高 1020.6 mで銀鏡神社のすぐ東にあります。)」と呼ばれます。
 イワナガヒメは岩のように長く変わらないので、結婚すればニニギノミコトの寿命が非常に長くなるはずでしたが、イワナガヒメとは結婚しなかったので寿命は短くなったそうです。 このことは日向神話(古事記、日本書紀)に書かれています。



写真GU: 宮崎県西都市 大字銀鏡にある銀鏡神社(しろみじんじゃ)の鳥居(とりい)、その左は手水舎(ちょうずや)。



写真GV: 鳥居の左手には細い道があります。



写真GW: 「土石流 危険 渓流、上原谷、土石流が発生する恐れがありますので、大雨の時は十分注意して下さい。 宮崎県 西都市」
と書いてあります。



写真GX: 銀鏡神社の前の様子(ようす)。 説明板、右端に「ゆず工場 かぐら里食品」の建物が見えます。



写真GY: 銀鏡神社の手水舎(ちょうずや)。 右は鳥居の柱。



写真GZ: 銀鏡神社の御手洗(みたらい)。



写真HA: 銀鏡神社の手水舎(ちょうずや)にある手ふき。 「奉納 神宮奉賛会 宮崎県 綾」と書いてあります。



写真HB: 銀鏡神社の鳥居にかけてある額(がく)。 「銀鏡神社」と書かれています。



写真HC: 「日向国鏡 銀鏡神社」の説明板。
御神体 霊峰龍房山 御神鏡、
御祭神 岩長姫命 大山祇尊 懐良親王、
国指定重要無形民俗文化財 米良(銀鏡)神楽
県指定重要無形文化財 神鏡・神面(2)
と書かれています。

岩長姫命はコノハナサクヤヒメの姉で大山祇尊はコノハナサクヤヒメの父です。

御神体の「龍房山(標高 1020.6 m)」は銀鏡神社のすぐ東にある山です。 銀鏡神社は龍房山の麓(ふもと)にあります。



写真HD: 鳥居右手に祠(ほこら)があります。



写真HE: 「日向国鏡 銀鏡神社」の説明板。
御神体 霊峰龍房山 御神鏡、
御祭神 岩長姫命 大山祇尊 懐良親王、
国指定重要無形民俗文化財 米良(銀鏡)神楽
県指定重要無形文化財 神鏡・神面(2)
と書かれています。
岩長姫命はコノハナサクヤヒメの姉で大山祇尊はコノハナサクヤヒメの父です。
御神体の「龍房山(標高 1020.6 m)」は銀鏡神社のすぐ東にある山です。 銀鏡神社は龍房山の麓(ふもと)にあります。 



写真HF: 「日向銀鏡 銀鏡神社 改修之碑 昭和52年11月23日」と書かれている石碑(せきひ)があります。



写真HG: 銅板が埋(う)め込(こ)んである石碑もあります。



写真HH: 銀鏡神社には石の階段があります。 階段には手すりも付いています。 階段の上にも鳥居があります。



写真HI: 銀鏡神社には石の階段があります。 階段には手すりも付いています。



写真HJ: 銀鏡神社の鳥居のそばの様子(ようす)。



写真HK: 御幣(ごへい)もあります。



写真HL: 祠(ほこら)と御幣(ごへい)があります。



写真HM: 左手には土石流止めの小型のダムがあります。



写真HN: 手水舎(ちょうずや)のそばに沢があります。



写真HO: 鳥居のそばに「夫婦杉(2本が寄り添っています。)」があります。



写真HP: 大きな杉の木「夫婦杉」が鳥居のそばにあります。



写真HQ: 大きな杉の木「夫婦杉」が鳥居のそばにあります。



写真HR: 銀鏡神社の鳥居を内側から見たもの。



写真HS: 銀鏡神社の鳥居を内側から見たもの。



写真HT: 石の階段の上にも鳥居(とりい)があります。



写真HU: 銀鏡神社の拝殿です。 銀鏡神社は宮崎県西都市 大字銀鏡 518にあります。
「銀鏡神楽」は、九州山地の米良山系に約500年前から伝わる、狩猟民族と、熊本県の中世の豪族・菊池氏とともにこの地に入山した懐良(かねなが)親王の言い伝えに鵜戸神宮からの修験者系の神楽や日向神話などが混じった神楽と言われています。 銀鏡神楽は「米良神楽」として国指定 重要無形民俗文化財(昭和52年5月17日)になっています。 銀鏡神楽は奉納された数頭の「「イノシシの頭」を供(そな)えて舞われます。 これは狩猟民族の色濃い特色が現れたものです。 猪(いのしし)の頭を供えるのは銀鏡神楽だけの特徴だそうです。



写真HV: 銀鏡神社の拝殿です。 銀鏡神社は宮崎県西都市 大字銀鏡 518にあります。

岩長姫命(イワナガヒメ)はコノハナサクヤヒメの姉で大山祇尊(オオヤマズミ)はコノハナサクヤヒメの父です。
銀鏡神社 御神体の「龍房山(標高 1020.6 m)」は銀鏡神社のすぐ東にある山です。 銀鏡神社は龍房山の麓(ふもと)にあります

イワナガヒメは「銀鏡神社」に祀(まつ)られています。 コノハナサクヤヒメは西都市の「都萬神社(つまじんじゃ)」に祀(まつ)られています。
 コノハナサクヤヒメを逢初川(あいぞめがわ)でみそめられたニニギノミコトはコノハナサクヤヒメの父である大山祇(おおやまずみ、山の神)に結婚を願い出ました。 (ニニギノミコトはその前に「筑紫の日向の高千穂のくじふる峰」に降臨しました。 これがいわゆる天孫降臨です。)
 大山祇(おおやまずみ、山の神)はコノハナサクヤヒメの姉であるイワナガヒメも(合わせて2人)を嫁としてもらって下さいと頼みました。 しかし、ニニギノミコトは姉であるイワナガヒメとは結婚しませんでした。
 イワナガヒメは悲しみ鏡を見つめていました。 ある時、鏡に「龍(りゅう)」が映(うつ)り、びっくりして後ろに鏡を投げました。 その鏡は山の山頂にある大きな木に掛(か)かりました。
 そして、下の村を照らしたのでその村は「白見村」と呼ばれました。 その鏡は銀の鏡だったので、地名は「銀鏡(しろみ)」と呼ばれるようになりました。
 またイワナガヒメが投げた鏡が掛(か)かった山は「龍房山(銀鏡神社の御神体、標高 1020.6 mで銀鏡神社のすぐ東にあります。)」と呼ばれます。
 イワナガヒメは岩のように長く変わらないので、結婚すればニニギノミコトの寿命が非常に長くなるはずでしたが、イワナガヒメとは結婚しなかったので寿命は短くなったそうです。 このことは日向神話(古事記、日本書紀)に書かれています。



写真HW: 西都市 大字銀鏡にある銀鏡神社の拝殿です。 後ろには猛宗竹(もうそうだけ)の竹林もあります。



写真HX: 西都市 大字銀鏡にある銀鏡神社の拝殿です。 後ろには猛宗竹(もうそうだけ)の竹林もあります。



写真HY: 銀鏡神社の境内(けいだい)。 石碑も見えます。



写真HZ: 銀鏡神社の境内(けいだい)。 石碑も見えます。
右は忠魂碑(ちゅうこんひ)で左は露戦役記念碑です。



写真IA: 銀鏡神社の境内(けいだい)。



写真IB: 銀鏡神社の階段を上から見た景色。 鳥居も見えています。



写真IC: 銀鏡神社の境内(けいだい)。 左は階段です。 柵(さく)も見えます。



写真ID: 銀鏡神社の境内(けいだい)。 柵(さく)も見えます。



写真IE: 銀鏡神社の境内(けいだい)。



写真IF: 銀鏡神社の境内(けいだい)。 銀鏡神社は宮崎県西都市 大字銀鏡 518にあります。



写真IG: 銀鏡神社です。 しめ縄と御幣(ごへい)があります。



写真IH: 銀鏡神社の拝殿。



写真II: 横木の端(はし)に「象」の彫(ほ)り物があります。



写真IJ: 銀鏡神社。



写真IK: 横木の端(はし)に「象」の彫(ほ)り物があります。 傘(かさ)の付いた電球があります。



写真IL: 「本日は当 銀鏡神社にご参拝下さいまして誠にありがとうございます。 神社社務所におきましてお神札、各種お守り、絵馬などの販売をいたしております。 どうかご利用下さいませ。 又 お茶の用意もしておりますので、ごゆっくりお休み下さいませ。
銀鏡神社宮司」
と書かれています。



写真IM: 銀鏡神社の中。
「銀鏡神楽」は、九州山地の米良山系に約500年前から伝わる、狩猟民族と、熊本県の中世の豪族・菊池氏とともにこの地に入山した懐良(かねなが)親王の言い伝えに鵜戸神宮からの修験者系の神楽や日向神話などが混じった神楽と言われています。 銀鏡神楽は「米良神楽」として国指定 重要無形民俗文化財(昭和52年5月17日)になっています。



写真IN: 銀鏡神社の中。



写真IO: 銀鏡神社の中。 手前はお賽銭箱(さいせんばこ)。



写真IP: 銀鏡神社の中。



写真IQ: 銀鏡神社の境内(けいだい)。 鳥居と杉の木も見えています。



写真IR: 銀鏡神社の境内(けいだい)。 杉の木も見えています。



写真IS: 銀鏡神社の杉の木。



写真IT: 右は忠魂碑(ちゅうこんひ)で左は露戦役記念碑です。



写真IU: 露戦役記念碑です。



写真IV: 後ろの忠魂碑(ちゅうこんひ)と手前の東米良銀鏡地区戦没者名。



写真IW: 銀鏡神社は宮崎県西都市 大字銀鏡 518にあります。



写真IX: 右が銀鏡神社の本殿、左は拝殿。 後ろは竹林になっています。



写真IY: 西都市 銀鏡にある銀鏡神社の拝殿。 左寄に絵馬をかける所があります。



写真IZ: 銀鏡神社の境内(けいだい)。



写真JA: 銀鏡神社の境内(けいだい)。



写真JB: 銀鏡神社の境内(けいだい)。



写真JC: 「銀鏡神社」の説明板。
御祭神 産土大神、三社大神を鎮祭する。
1。龍房山(銀鏡神社の後ろ(東)の山)中に鎮座之大神(本殿)、2。宿神三宝荒神、3。六社稲荷大明神
末社
1。山宮大神、猟之神、山之神 2。若宮大神、天照皇大神、天氏神主之祖神 3。八幡大神、春日大神、天照皇大神之守護神 4。八村神社、鈴木家之祖神 5。矢印の方向(→)に祖霊殿、神楽殿、社務所あり
神楽(かぐら) 神代神楽にて 国無形文化財指定 祖霊殿 旧神殿
と書かれています。



写真JD: 右が本殿、左は拝殿。
銀鏡神社は宮崎県西都市 大字銀鏡 518にあります。



写真JE: 銀鏡神社の本殿と右に神木の建物。



写真JF: 銀鏡神社の境内(けいだい)。



写真JG: 末社に行くところに鳥居(とりい)があります。



写真JH: 銀鏡神社の末社があります。



写真JI: 銀鏡神社の末社があります。



写真JJ: 銀鏡神社の末社があります。



写真JK: 銀鏡神社の拝殿に絵馬を掛ける所があります。



写真JL: 銀鏡神社の拝殿(右)と本殿(左)。 本殿の左に「神木」をおおう建物があります。



写真JM: 銀鏡神社は宮崎県西都市 大字銀鏡 518にあります。



写真JN: 銀鏡神社の境内(けいだい)。



写真JO: 銀鏡神社の境内(けいだい)。



写真JP: 銀鏡神社の拝殿。



写真JQ: 銀鏡神社の本殿。 本殿の左に「神木」をおおう建物があります。



写真JR: 銀鏡神社の本殿。 本殿の左に「神木」をおおう建物があります。



写真JS: 拝殿と本殿の間のところ。



写真JT: 拝殿と本殿の間のところ。



写真JU: 銀鏡神社の本殿。



写真JV: 銀鏡神社の本殿(左)。



写真JW: 銀鏡神社の本殿(左)。



写真JX: 「神木」をおおう建物があります。



写真JY: 銀鏡神社の境内(けいだい)。



写真JZ: 「神木」をおおう建物があります。 御幣(ごへい)が供(そな)えてあります。



写真KA: 銀鏡神社は宮崎県西都市 大字銀鏡 518にあります。



写真KB: 社務所などの方へ行きます。 下り坂になっていて鳥居もあります。



写真KC: 美しい御幣(ごへい)があります。



写真KD: 御幣(ごへい)があります。



写真KE: ここにも手水舎(ちょうずや)があります。



写真KF: 御手洗(みたらい)です。



写真KG: この坂を下ります。 銀鏡神社は宮崎県西都市 大字銀鏡 518にあります。



写真KH: 鳥居の先に本宮(もとみや)、銀鏡伝承館が見えてきました。



写真KI: 銀鏡神社の境内(けいだい)。



写真KJ: 銀鏡神社の境内(けいだい)。



写真KK: 銀鏡神社の境内(けいだい)。



写真KL: 左に本宮(もとみや)、中央に銀鏡伝承館が見えてきました。 銀鏡伝承館は2006年2月27日に完成しました。
銀鏡神楽は奉納された数頭の「「イノシシの頭」を供(そな)えて舞われます。 これは狩猟民族の色濃い特色が現れたものです。 猪(いのしし)の頭を供えるのは銀鏡神楽だけの特徴だそうです。



写真KM: 弓道場の的(まと)のある建物です。



写真KN: 銀鏡神社の境内(けいだい)。



写真KO: 銀鏡神社の境内(けいだい)。



写真KP: 銀鏡神社の「本宮(もとみや)」です。



写真KQ: 銀鏡神社の市指定文化財「銀鏡神社本宮(もとみや)」です。

岩長姫命(イワナガヒメ)はコノハナサクヤヒメの姉で大山祇尊(オオヤマズミ)はコノハナサクヤヒメの父です。
銀鏡神社 御神体の「龍房山(標高 1020.6 m)」は銀鏡神社のすぐ東にある山です。 銀鏡神社は龍房山の麓(ふもと)にあります

イワナガヒメは「銀鏡神社」に祀(まつ)られています。 コノハナサクヤヒメは西都市の「都萬神社(つまじんじゃ)」に祀(まつ)られています。
 コノハナサクヤヒメを逢初川(あいぞめがわ)でみそめられたニニギノミコトはコノハナサクヤヒメの父である大山祇(おおやまずみ、山の神)に結婚を願い出ました。 (ニニギノミコトはその前に「筑紫の日向の高千穂のくじふる峰」に降臨しました。 これがいわゆる天孫降臨です。)
 大山祇(おおやまずみ、山の神)はコノハナサクヤヒメの姉であるイワナガヒメも(合わせて2人)を嫁としてもらって下さいと頼みました。 しかし、ニニギノミコトは姉であるイワナガヒメとは結婚しませんでした。
 イワナガヒメは悲しみ鏡を見つめていました。 ある時、鏡に「龍(りゅう)」が映(うつ)り、びっくりして後ろに鏡を投げました。 その鏡は山の山頂にある大きな木に掛(か)かりました。
 そして、下の村を照らしたのでその村は「白見村」と呼ばれました。 その鏡は銀の鏡だったので、地名は「銀鏡(しろみ)」と呼ばれるようになりました。
 またイワナガヒメが投げた鏡が掛(か)かった山は「龍房山(銀鏡神社の御神体、標高 1020.6 mで銀鏡神社のすぐ東にあります。)」と呼ばれます。
 イワナガヒメは岩のように長く変わらないので、結婚すればニニギノミコトの寿命が非常に長くなるはずでしたが、イワナガヒメとは結婚しなかったので寿命は短くなったそうです。 このことは日向神話(古事記、日本書紀)に書かれています。



写真KR: 銀鏡神社の市指定文化財「銀鏡神社本宮(もとみや)」です。



写真KS: 銀鏡神社の市指定文化財「銀鏡神社本宮(もとみや)」です。



写真KT: 銀鏡神社の市指定文化財「銀鏡神社本宮(もとみや)」です。



写真KU: 銀鏡神社の市指定文化財「銀鏡神社本宮(もとみや)」です。



写真KV: 銀鏡神社の市指定文化財「銀鏡神社本宮(もとみや)」です。



写真KW: トイレがあります。



写真KX: 下方に「ゆず工場 かぐら里食品」が見えます。 銀鏡神社本宮の近くから。



写真KY: 下方に「ゆず工場 かぐら里食品」が見えます。 銀鏡神社本宮の近くから。



写真KZ: 赤鬚山(あかひげやま、標高 951.5 m)も見えていると思われます。 銀鏡神社本宮の近くから。

岩長姫命(イワナガヒメ)はコノハナサクヤヒメの姉で大山祇尊(オオヤマズミ)はコノハナサクヤヒメの父です。
銀鏡神社 御神体の「龍房山(標高 1020.6 m)」は銀鏡神社のすぐ東にある山です。 銀鏡神社は龍房山の麓(ふもと)にあります

イワナガヒメは「銀鏡神社」に祀(まつ)られています。 コノハナサクヤヒメは西都市の「都萬神社(つまじんじゃ)」に祀(まつ)られています。
 コノハナサクヤヒメを逢初川(あいぞめがわ)でみそめられたニニギノミコトはコノハナサクヤヒメの父である大山祇(おおやまずみ、山の神)に結婚を願い出ました。 (ニニギノミコトはその前に「筑紫の日向の高千穂のくじふる峰」に降臨しました。 これがいわゆる天孫降臨です。)
 大山祇(おおやまずみ、山の神)はコノハナサクヤヒメの姉であるイワナガヒメも(合わせて2人)を嫁としてもらって下さいと頼みました。 しかし、ニニギノミコトは姉であるイワナガヒメとは結婚しませんでした。
 イワナガヒメは悲しみ鏡を見つめていました。 ある時、鏡に「龍(りゅう)」が映(うつ)り、びっくりして後ろに鏡を投げました。 その鏡は山の山頂にある大きな木に掛(か)かりました。
 そして、下の村を照らしたのでその村は「白見村」と呼ばれました。 その鏡は銀の鏡だったので、地名は「銀鏡(しろみ)」と呼ばれるようになりました。
 またイワナガヒメが投げた鏡が掛(か)かった山は「龍房山(銀鏡神社の御神体、標高 1020.6 mで銀鏡神社のすぐ東にあります。)」と呼ばれます。
 イワナガヒメは岩のように長く変わらないので、結婚すればニニギノミコトの寿命が非常に長くなるはずでしたが、イワナガヒメとは結婚しなかったので寿命は短くなったそうです。 このことは日向神話(古事記、日本書紀)に書かれています。



写真LA: 銀鏡神社本宮の近く。
左奥に橙色(だいだいいろ)の門も見えます。



写真LB: 左は銀鏡伝承館。 奥の白い建物が社務所、その右に橙色(だいだいいろ)の門が見えます。 銀鏡伝承館は2006年2月27日に完成しました。



写真LC: 銀鏡神社の「銀鏡伝承館」。 銀鏡伝承館は2006年2月27日に完成しました。
銀鏡神楽は奉納された数頭の「「イノシシの頭」を供(そな)えて舞われます。 これは狩猟民族の色濃い特色が現れたものです。 猪(いのしし)の頭を供えるのは銀鏡神楽だけの特徴だそうです。



写真LD: 銀鏡神社の「銀鏡伝承館」。
「銀鏡神楽」は、九州山地の米良山系に約500年前から伝わる、狩猟民族と、熊本県の中世の豪族・菊池氏とともにこの地に入山した懐良(かねなが)親王の言い伝えに鵜戸神宮からの修験者系の神楽や日向神話などが混じった神楽と言われています。 銀鏡神楽は「米良神楽」として国指定 重要無形民俗文化財(昭和52年5月17日)になっています。 銀鏡神楽は奉納された数頭の「「イノシシの頭」を供(そな)えて舞われます。 これは狩猟民族の色濃い特色が現れたものです。 猪(いのしし)の頭を供えるのは銀鏡神楽だけの特徴だそうです。
銀鏡伝承館は2006年2月27日に完成しました。



写真LE: 銀鏡神社の「銀鏡伝承館」。 手前は米良神楽(銀鏡神楽)が舞われる広場。
「銀鏡神楽」は、九州山地の米良山系に約500年前から伝わる、狩猟民族と、熊本県の中世の豪族・菊池氏とともにこの地に入山した懐良(かねなが)親王の言い伝えに鵜戸神宮からの修験者系の神楽や日向神話などが混じった神楽と言われています。 銀鏡神楽は「米良神楽」として国指定 重要無形民俗文化財(昭和52年5月17日)になっています。 銀鏡神楽は奉納された数頭の「「イノシシの頭」を供(そな)えて舞われます。 これは狩猟民族の色濃い特色が現れたものです。 猪(いのしし)の頭を供えるのは銀鏡神楽だけの特徴だそうです。
銀鏡伝承館は2006年2月27日に完成しました。



写真LF: 橙色(だいだいいろ)の門があります。



写真LG: 「国指定 重要無形民俗文化財 銀鏡神楽 昭和52年5月17日」と書いてあります。
「銀鏡神楽」は、九州山地の米良山系に約500年前から伝わる、狩猟民族と、熊本県の中世の豪族・菊池氏とともにこの地に入山した懐良(かねなが)親王の言い伝えに鵜戸神宮からの修験者系の神楽や日向神話などが混じった神楽と言われています。 銀鏡神楽は「米良神楽」として国指定 重要無形民俗文化財(昭和52年5月17日)になっています。



写真LH: 西都市にある銀鏡神社の社務所。



写真LI: 銀鏡神社の「銀鏡伝承館」。 手前は米良神楽(銀鏡神楽)が舞われる広場。 木の柱もそこに立っています。
「銀鏡神楽」は、九州山地の米良山系に約500年前から伝わる、狩猟民族と、熊本県の中世の豪族・菊池氏とともにこの地に入山した懐良(かねなが)親王の言い伝えに鵜戸神宮からの修験者系の神楽や日向神話などが混じった神楽と言われています。 銀鏡神楽は「米良神楽」として国指定 重要無形民俗文化財(昭和52年5月17日)になっています。 銀鏡神楽は奉納された数頭の「「イノシシの頭」を供(そな)えて舞われます。 これは狩猟民族の色濃い特色が現れたものです。 猪(いのしし)の頭を供えるのは銀鏡神楽だけの特徴だそうです。
銀鏡伝承館は2006年2月27日に完成しました。



写真LJ: 銀鏡神楽の面 (シシトギリ)。



写真LK: 銀鏡神楽の面 (七鬼神)。



写真LL: 銀鏡神楽の面 (手力男命)。



写真LM: 銀鏡神楽の面 (柴荒神)。



写真LN: 銀鏡神楽の面 (シシトギリ)。



写真LO: 銀鏡神社 社務所は宮崎県西都市 大字銀鏡 518にあります。



写真LP: そばに椎茸(しいたけ)が干(ほ)してありました。



写真LQ: 銀鏡神社の建物。



写真LR: 銀鏡神社の境内(けいだい)。 白い建物はトイレです。



写真LS: 社務所の近くから見た景色。



写真LT: 社務所の近くの様子。 犬がいました。 左はトイレです。



写真LU: 細い道があります。



写真LV: 銀鏡神社のトイレです。 犬もいました。



写真LW: 「ゆず工場 かぐら里食品」も見えています。



写真LX: 社務所の近くの景色。



写真LY: 橙色(だいだいいろ)の門があります。 左奥は銀鏡伝承館。 階段があります。
銀鏡神社は宮崎県西都市 大字銀鏡 518にあります。



写真LZ: ゆず工場 かぐら里食品は宮崎県西都市 大字銀鏡 516にあります。



写真MA: ゆず工場 かぐら里食品は宮崎県西都市 大字銀鏡 516にあります。



写真MB: ゆず工場 かぐら里食品は宮崎県西都市 大字銀鏡 516にあります。



写真MC: 「児湯広域森林組合 ゆず加工場」と書いてあります。



写真MD: 「銀鏡地区農産物加工施設」と書いてあります。 ゆず製品なども販売しています。



写真ME: ゆず工場 かぐら里食品は宮崎県西都市 大字銀鏡 516にあります。
そばに柚子(ゆず)の木畑があります。



写真MF: 柚子(ゆず、ユズ)の実がなっていました。



写真MG: 左奥の峰が龍房山(銀鏡神社の御神体、標高 1020.6 m)。 手前にユズの畑、遠くに銀鏡伝承館、橙色(だいだいいろ)の門、「いきいき 集落」の旗などが見えます。

岩長姫命(イワナガヒメ)はコノハナサクヤヒメの姉で大山祇尊(オオヤマズミ)はコノハナサクヤヒメの父です。
銀鏡神社 御神体の「龍房山(標高 1020.6 m)」は銀鏡神社のすぐ東にある山です。 銀鏡神社は龍房山の麓(ふもと)にあります

イワナガヒメは「銀鏡神社」に祀(まつ)られています。 コノハナサクヤヒメは西都市の「都萬神社(つまじんじゃ)」に祀(まつ)られています。
 コノハナサクヤヒメを逢初川(あいぞめがわ)でみそめられたニニギノミコトはコノハナサクヤヒメの父である大山祇(おおやまずみ、山の神)に結婚を願い出ました。 (ニニギノミコトはその前に「筑紫の日向の高千穂のくじふる峰」に降臨しました。 これがいわゆる天孫降臨です。)
 大山祇(おおやまずみ、山の神)はコノハナサクヤヒメの姉であるイワナガヒメも(合わせて2人)を嫁としてもらって下さいと頼みました。 しかし、ニニギノミコトは姉であるイワナガヒメとは結婚しませんでした。
 イワナガヒメは悲しみ鏡を見つめていました。 ある時、鏡に「龍(りゅう)」が映(うつ)り、びっくりして後ろに鏡を投げました。 その鏡は山の山頂にある大きな木に掛(か)かりました。
 そして、下の村を照らしたのでその村は「白見村」と呼ばれました。 その鏡は銀の鏡だったので、地名は「銀鏡(しろみ)」と呼ばれるようになりました。
 またイワナガヒメが投げた鏡が掛(か)かった山は「龍房山(銀鏡神社の御神体、標高 1020.6 mで銀鏡神社のすぐ東にあります。)」と呼ばれます。
 イワナガヒメは岩のように長く変わらないので、結婚すればニニギノミコトの寿命が非常に長くなるはずでしたが、イワナガヒメとは結婚しなかったので寿命は短くなったそうです。 このことは日向神話(古事記、日本書紀)に書かれています。



写真MH: 中央奥の峰が龍房山(銀鏡神社の御神体、標高 1020.6 m)と思われます。 かぐら里食品から東方向を見たもの。 銀鏡伝承館も見えています。 右手前は柚子(ゆず)の木の畑。 「いきいき 集落」の旗も左に見えます。

岩長姫命(イワナガヒメ)はコノハナサクヤヒメの姉で大山祇尊(オオヤマズミ)はコノハナサクヤヒメの父です。
銀鏡神社 御神体の「龍房山(標高 1020.6 m)」は銀鏡神社のすぐ東にある山です。 銀鏡神社は龍房山の麓(ふもと)にあります

イワナガヒメは「銀鏡神社」に祀(まつ)られています。 コノハナサクヤヒメは西都市の「都萬神社(つまじんじゃ)」に祀(まつ)られています。
 コノハナサクヤヒメを逢初川(あいぞめがわ)でみそめられたニニギノミコトはコノハナサクヤヒメの父である大山祇(おおやまずみ、山の神)に結婚を願い出ました。 (ニニギノミコトはその前に「筑紫の日向の高千穂のくじふる峰」に降臨しました。 これがいわゆる天孫降臨です。)
 大山祇(おおやまずみ、山の神)はコノハナサクヤヒメの姉であるイワナガヒメも(合わせて2人)を嫁としてもらって下さいと頼みました。 しかし、ニニギノミコトは姉であるイワナガヒメとは結婚しませんでした。
 イワナガヒメは悲しみ鏡を見つめていました。 ある時、鏡に「龍(りゅう)」が映(うつ)り、びっくりして後ろに鏡を投げました。 その鏡は山の山頂にある大きな木に掛(か)かりました。
 そして、下の村を照らしたのでその村は「白見村」と呼ばれました。 その鏡は銀の鏡だったので、地名は「銀鏡(しろみ)」と呼ばれるようになりました。
 またイワナガヒメが投げた鏡が掛(か)かった山は「龍房山(銀鏡神社の御神体、標高 1020.6 mで銀鏡神社のすぐ東にあります。)」と呼ばれます。
 イワナガヒメは岩のように長く変わらないので、結婚すればニニギノミコトの寿命が非常に長くなるはずでしたが、イワナガヒメとは結婚しなかったので寿命は短くなったそうです。 このことは日向神話(古事記、日本書紀)に書かれています。



写真MI: 右奥の峰が龍房山(銀鏡神社の御神体、標高 1020.6 m)と思われます。 かぐら里食品から東方向を見たもの。 中央の空と山の境(さかい)付近に携帯電話のアンテナが見えます。



写真MJ: ゆず工場 かぐら里食品は宮崎県西都市 大字銀鏡 516にあります。



写真MK: ゆず工場 かぐら里食品は宮崎県西都市 大字銀鏡 516にあります。



写真ML: 銀鏡神社の入り口のところに戻(もど)ってきました。



写真MM: 銀鏡中学校方面へ戻(もど)る道です。



写真MN: 梅の花が咲いていました。 後ろは「ゆず工場 かぐら里食品」の建物です。 手前は田んぼです。



写真MO: 左先にも梅の花(白梅)が咲いていました。



写真MP: 階段の左に猫(ねこ)がいました。



写真MQ: 手前は茶で中程はユズの木、奥の柵(さく)は銀鏡中学校です。



写真MR: ユズの木、奥の柵(さく)は銀鏡中学校です。



写真MS: 右手にも梅の花(白梅)が咲いています。



写真MT: 「空気弁(べん) 上水道」と書いてあります。



写真MU: 坂道を下ります。



写真MV: 左は杉の木、右は竹林です。



写真MW: 遠くの山が美しい。



写真MX: 「あいさつが住みよい街をつくる素(もと)、あいさつで 心の清澄 育(はぐく)もう」と書いてあります。



写真MY: 銀鏡診療所の白い建物が見えてきました。 登内川の原児橋も見えます。



写真MZ: 手前は登内川の原児橋。 白い建物の銀鏡診療所、駐車場も見えます。



写真NA: 車で帰る途中、一の瀬の三叉路付近付近に着きました。 突き当たりは左が宮崎、西都で右は人吉、西米良に行く国道219号線です。



写真NB: 銀鏡(しろみ)から一の瀬の三叉路付近まで通ってきたのは県道39号線(主要地方道 西都-南郷線)です。 西都市まで31 kmと書いてあります。



写真NC: 県道39号線にある電光道路標識に「凍結注意の !マーク」が表示されていました。 「通行注意 路面凍結 この先」の表示も出ます。



写真ND: 「凍結防止剤 道路凍結にお気づきの場合は、この薬剤の散布に御協力ください。」と書いてあります。 県道39号線。



写真NE: この看板の奥に、銀鏡川の水面が見えています。 一ツ瀬ダムの影響で水面は高くなり、水量は多くなっています(ダム湖)。



写真NF: 銀鏡川の水面が見えています。 一ツ瀬ダムの影響で水面は高くなり、水量は多くなっています(ダム湖)。 対岸の山も見えています。



写真NG: 一ツ瀬ダムの影響で水面は高くなり、水量は多くなっています(ダム湖)。 対岸の山も見えています。



by 南陽彰悟 (NANYO Shogo)