西都原古墳群 (桜祭り、菜の花、あじさいの花、ひまわりの花、コスモスの花、梅の花) (鬼の窟(おにのいわや)、このはな館、全国植樹祭跡、西都原古墳群 遺構保存覆屋、宮崎県立西都原考古博物館、古墳祭り、西都原台地、さいとばる古墳群、サイトバル古墳群)  (宮崎県 西都市 大字三宅)







<標高、位置>  西都原古墳群(さいとばるこふんぐん)は
標高 約70 m
 北緯32度07分07秒  東経131度23分11秒


 宮崎県 西都市にある特別史跡 西都原古墳群(さいとばるこふんぐん)は、東西2.6 km、南北4.2 km、標高50−80 m の平らな洪積世台地(こうせきせいだいち)上とその周辺に、4−7世紀に造られたと推測される300有余基(311基)のさまざまな形をした古墳が点在しています。 昭和27年に国の特別史跡に指定され、さらに我が国第一号の風土記(ふどき)の丘として、昭和41年から44年にかけて整備されました。 その古墳の大部分は、いまだ発掘されていません。 千数百年間、周(まわ)りの人々のおかげで保存されています。
 西都原は、春は桜と菜の花、夏はアジサイとヒマワリの花、秋はコスモス、冬は梅の花で彩(いろど)られます。
 古墳からの出土品は、国宝の金銅製馬具類(こんどうせいばぐるい)と重要文化財の子持家形埴輪(こもちいえがたはにわ)、船形埴輪(ふながたはにわ)、まが玉などがあります。
 古墳には、鬼の窟古墳(206号古墳、おにのいわやこふん)、女狭穂塚(めさほづか)、男狭穂塚(おさほづか)、大山祇塚(90号墳、おおやまつみづか)、姫塚(202号墳)、船塚(265墳、ふなづか)、飯盛塚(169号墳、いいもりづか)などがあります。 女狭穂塚(めさほづか)と男狭穂塚(おさほづか)は明治28年に宮内庁の陵墓参考地になっています。 13号墳は、近年の整備によって、古墳の内部まで見学できる古墳になっています。 西都原古墳群遺構保存覆屋(おおいや)は、酒元ノ上横穴墓群にあり、1−6号墓道を保護するために建設され、見学できます。 レーダー探査などで巨大古墳の位置づけが明らかになり、5世紀前半でのヤマト王権との強い関係が考古学的に照明されるようになりました。 太平洋の海岸線から離れた西都市が笠沙(かささ)の御前(みさき、岬)とされるのは、昔、大規模な海進があったことから必ずしも不思議ではありません。 畿内、吉備地方 以外には西都原古墳群のような大規模な古墳群はありません。
 古墳群の中心部には、西都原ガイダンスセンターと展示や物産・おみやげ店、食堂などがある「このはな館」があります。 この近くには、大きな駐車場があります。 '04年(平成16年)4月25日に行われた第55回全国植樹祭の時の建物や宮崎県立西都原考古博物館もあります。
宮崎県立西都原考古博物館は、南九州の人々の生きた証(あかし)を見つめる「人と歴史の博物館」、考古学の思想に基づきストーリーに沿った謎解きを展開する「考古博物館」と、様々な情報を検証する「考古学研究所」で構成されていて、ロマンあふれる古代日向の情報発信の拠点として、多くの分野から注目されています。



---西都原は日本の心の故郷(ふるさと)---
<虹の西都原> (二重虹が現れました)

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写真A: 西都原古墳群の第1古墳群にある姫塚(202号墳)です。 この付近には、駐車場とトイレがあります。



写真B: 西都原古墳群の姫塚の近くにある駐車場。



写真C: 西都原古墳群の姫塚の近くにある駐車場。 先の建物はトイレです。



写真D: 西都原古墳群の鬼の窟(いわや、206号墳)、'04年(平成16年)4月25日に行われた第55回全国植樹祭の時の建物などが見えています。



写真E: 酒元ノ上横穴墓群にある西都原古墳群遺構保存覆屋が見えています。



写真F: 酒元ノ上横穴墓群にある西都原古墳群遺構保存覆屋。



写真G: 酒元ノ上横穴墓群にある西都原古墳群遺構保存覆屋の入り口。



写真H: 酒元ノ上横穴墓群にある西都原古墳群遺構保存覆屋。



写真I: 酒元ノ上横穴墓群にある西都原古墳群遺構保存覆屋の近くにある案内板。



写真J: 堆肥(たいひ)が積まれています。 右端には'04年(平成16年)4月25日に行われた第55回全国植樹祭の時の建物が見えています。



写真K: 西都原古墳群の鬼の窟古墳(206号古墳、おにのいわやこふん)と菜の花。



写真L: 菜の花畑。



写真M: 鬼の窟古墳(206号古墳、おにのいわやこふん)と'04年(平成16年)4月25日に行われた第55回全国植樹祭の時の建物。



写真N: 「特別史跡公園 西都原古墳群 宮崎県」と書かれた石碑(せきひ)。 この石碑は昭和43年3月建立。



写真O: 「特別史跡公園 西都原古墳群 宮崎県」と書かれた石碑(せきひ)。 この石碑は昭和43年3月建立。



写真P: 三叉路(さんさろ)付近にある案内板。



写真Q: 「特別史跡公園 西都原古墳群 宮崎県」と書かれた石碑(せきひ)と鬼の窟古墳(206号古墳、おにのいわやこふん)の間にある三叉路(さんさろ)。



写真R: この三叉路から菜の花畑が続いています。



写真S: 鬼の窟古墳と建物が見えています。



写真T: 三叉路付近には、茶畑があります。 左の方に、西都原古墳群遺構保存覆屋も見えています。



写真U: 茶畑はきれいに刈(か)られています。



写真V: この茶畑の先の方には、第1古墳群があります。



写真W: この先は、西都市の中心部から登ってくる坂道があります。 先の方には、第1古墳群があります。



写真X: 三叉路。 この右手に、「特別史跡公園 西都原古墳群 宮崎県」と書かれた石碑(せきひ)があります。



写真Y: うっすらと見える山並みの、一番右奥の山は、尾鈴山(おすずやま)です。



写真Z: うっすらと見える山並みの、一番右奥の山は、尾鈴山(おすずやま)です。 菜の花が満開でした。 西都原古墳群から望む山並みは、武者小路実篤も絶賛しています。



写真AA: 西都原古墳群の菜の花と遠くの山並み。 西都原古墳群から望む山並みは、武者小路実篤も絶賛しています。



写真AB: '04年(平成16年)4月25日に行われた第55回全国植樹祭の時の建物、鬼の窟古墳も見えています。 西都原古墳群の菜の花と遠くの山並み。 西都原古墳群から望む山並みは、武者小路実篤も絶賛しています。



写真AC: 鬼の窟古墳も見えています。 左の奥には、桜の花も見えています。 西都原古墳群の菜の花と遠くの山並み。 西都原古墳群から望む山並みは、武者小路実篤も絶賛しています。



写真AD: この先には、「このはな館」や広い駐車場もあります。



写真AE: 茶畑と遠くの山並み。



写真AF: 茶畑と遠くの山並み。



写真AG: 茶畑の向こうに、西都原古墳群遺構保存覆屋と堆肥(たいひ)も見えています。



写真AH: 茶畑の向こうに、姫塚が見えています。



写真AI: 西都原古墳群は、広い範囲に古墳が点在しています。



写真AJ: 西都原の菜の花は、すでに1950年代にはもう多く咲いていました。



写真AK: '04年(平成16年)4月25日に行われた第55回全国植樹祭の時の建物と鬼の窟(いわや)。 菜の花畑は、昔から有名でした。



写真AL: 以前は、鬼の窟(いわや)にはクスノキが生えていました。 そのクスノキが、この位置に移されました。 左の大きな木が、そのクスノキです。 右は、鬼の窟。



写真AM: 「西都原古墳群のご案内」の看板。



写真AN: 「西都原古墳群のご案内」の看板。 
 特別史跡西都原古墳群は、東西2.6 km、南北4.2 kmの広範囲に広がる全国最大規模の古墳群です。 前方後円墳31基、円墳279基、方墳1基で南九州独自の地下式横穴墓も混在しています。
 古墳時代の初頭(3世紀末−4世紀初め)、複数のグループの首長(豪族)が台地縁辺を中心に築造を開始します。 
 5世紀の前半には、それらを統一するように男狭穂塚(おさほづか、列島最大の帆立貝型古墳)、女狭穂塚(めさほづか、九州最大の前方後円墳)が築かれます。 
 6世紀末、巨石を用いた横穴式石室を持つ鬼の窟古墳を最後に、西都原における首長墓の築造は終了します。
古墳群では、1912−1917(大正1−6)年に、30基が発掘調査されました。 また、1966(昭和41)年からは「風土記の丘(ふどきのおか)」として整備が行われ、国、県、市、地元住民の協力により、豊かな自然景観と優れた歴史的景観が守り継がれてきました。 
 1996(平成7)年度からは、古墳群の保存と活用を目的に調査と整備が実施されています。 と書かれています。



写真AO:  「西都原古墳群のご案内」の看板。 
 特別史跡西都原古墳群は、東西2.6 km、南北4.2 kmの広範囲に広がる全国最大規模の古墳群です。 前方後円墳31基、円墳279基、方墳1基で南九州独自の地下式横穴墓も混在しています。
 古墳時代の初頭(3世紀末−4世紀初め)、複数のグループの首長(豪族)が台地縁辺を中心に築造を開始します。 
 5世紀の前半には、それらを統一するように男狭穂塚(おさほづか、列島最大の帆立貝型古墳)、女狭穂塚(めさほづか、九州最大の前方後円墳)が築かれます。 
 6世紀末、巨石を用いた横穴式石室を持つ鬼の窟古墳を最後に、西都原における首長墓の築造は終了します。
古墳群では、1912−1917(大正1−6)年に、30基が発掘調査されました。 また、1966(昭和41)年からは「風土記の丘(ふどきのおか)」として整備が行われ、国、県、市、地元住民の協力により、豊かな自然景観と優れた歴史的景観が守り継がれてきました。 
 1996(平成7)年度からは、古墳群の保存と活用を目的に調査と整備が実施されています。 と書かれています。



写真AP: 西都原の「鬼の窟古墳」。 階段も見えています。



写真AQ: 「鬼の窟古墳」の看板。 



写真AR: 「鬼の窟古墳」の看板。
 鬼の窟古墳(206号墳)は、外堤と二重の周溝を有する直径37 m、高さ7.3の円墳で、二段築成の墳丘には葺石はありません。 
 古墳群で唯一の開口した横穴式石室を持ち、巨石を積み上げた石室や羨道からは、木棺に使用されたと考えられる鉄釘や、馬具、須恵器(スエキ)、土師器(ハジキ)などが出土し、3回以上の埋葬が行われたと考えられます。 
 鬼の窟古墳は、西都原古墳群の最後の首長墓と考えられます。 古墳の名前は、木花開邪姫(コノハナサクヤヒメ)に恋した鬼が、一晩のうちに窟(石室)を作ったという伝説に由来しています。 と書かれています。



写真AS: 西都原の鬼の窟古墳の入り口。 石碑(せきひ)、階段も見えています。 石碑には、「史蹟 西都原古墳群」と書いてあります。 人が登っているところは、鬼の窟のまわりのドーナツ状の土盛りです。 この土盛りは整備される前は、永年の間に高さ約1 m 程に低くなっていました。 この階段もありませんでした。



写真AT: 「史蹟 西都原古墳群」と書かれた石碑。 側面には、「史蹟名勝天然記念物保存法ニ依リ昭和九年五月文部大臣指定」と書いてあります。



写真AU: 「史蹟 西都原古墳群」と書かれた石碑。 別の側面には、「昭和九年九月建設」と書いてあります。



写真AV: ドーナツ状の土盛りの上から見た鬼の窟古墳。 入り口が四角に見えています。 整備工事の前までは、この入り口の手前の道の右側(墳丘の中腹)には、クスノキが生えていました。



写真AW: 鬼の窟古墳のそばにある「石室の復元」の案内板。



写真AX: 鬼の窟古墳のそばにある「石室の復元」の案内板。
鬼の窟古墳の横穴式石室は、羨道と玄室に分かれています。 巨石を用いて4−5段に積み上げた壁面を穏やかに内側に傾け、天井石で覆っています。
 石室の入り口には、以前はクスノキが生えていましたが、木の成長によって拡がった根により、石室が裏側から圧迫され崩壊の危険が高まっていました。
 そのため、石室の崩壊を防ぎ、古墳と石室を本来の形状に復元することを目的とした整備工事を実施しました。
 石室の石をクレーンを使って一つずつ吊り上げながら解体し、クスノキの根を除去しました。 その後、図面や写真を基に石を積み直し、石室と墳丘を築造当時の姿に復元しました。
 石室の床面は、保護のために20 cm 程度の盛り土を施し、実物と同じ形状の河原石を敷いて復元しました。 と書かれています。



写真AY: 鬼の窟(いわや)古墳の中には入れます。 この道を進みます。



写真AZ: 鬼の窟の入り口。 石室の天井部分には、巨石が用いられれている事が分かります。



写真BA: 鬼の窟古墳に入ったところ。 扉(とびら)は2重になっています。 石室の天井部分には、巨石が用いられれている事が分かります。



写真BB: 西都原古墳群にある鬼の窟古墳の一番奥の部分。 大きな岩で造られています。 床面は河原の丸石です。 上面は、特に大きな岩で造られています。




写真BC: 鬼の窟古墳の内部。 左側の側面の様子。 ライトで照らされています。



写真BD: 西都市にある西都原古墳群 鬼の窟古墳の内部。 右側の側面の様子。 ライトで照らされています。



写真BE: 鬼の窟古墳の内部から入り口方向を見た様子。



写真BF: 西都市にある西都原古墳群の台地の様子。 一番高い右奥の山は尾鈴山(おすずやま)です。 鬼の窟から'04年(平成16年)4月25日に行われた第55回全国植樹祭の時の建物方向を見た景色。 遠くの山並みは、武者小路実篤もいかにも神話が生まれた土地の山並みと絶賛しました。 黄色の花は、菜の花です。



写真BG: 西都市にある西都原古墳群の台地の様子。 鬼の窟から'04年(平成16年)4月25日に行われた第55回全国植樹祭の時の建物方向を見た景色。 遠くの山並みは、武者小路実篤もいかにも神話が生まれた土地の山並みと絶賛しました。 黄色の花は菜の花です。 広場と桜の花も見えています。



写真BH: 西都市にある西都原古墳群の台地の様子。 鬼の窟から見た景色。 遠くの山並みは、武者小路実篤もいかにも神話が生まれた土地の山並みと絶賛しました。 黄色の花は菜の花です。 桜の花、駐車場、広場なども見えています。



写真BI: 西都市にある西都原古墳群の台地の様子。 鬼の窟から見た景色。 遠くの山並みは、武者小路実篤もいかにも神話が生まれた土地の山並みと絶賛しました。 黄色の花は菜の花です。 茶畑、駐車場、古墳なども見えています。



写真BJ: 西都市にある西都原古墳群の台地の様子。 鬼の窟から見た景色。 黄色の花は菜の花です。 茶畑、古墳(姫塚(202号墳))なども見えています。



写真BK: 西都市にある西都原古墳群の台地の様子。 鬼の窟から見た景色。 黄色の花は菜の花です。 茶畑なども見えています。



写真BL: 鬼の窟の「外堤」には、通路のトンネルがあります。 改修前はこのトンネルはありませんでした。 西都市にある西都原古墳群の台地の様子。 鬼の窟から見た景色。 黄色の花は菜の花です。 古墳なども見えています。



写真BM: 西都市にある西都原古墳群の台地の様子。 鬼の窟から見た景色。 一番高い奥の山は尾鈴山(おすずやま)です。 遠くの山並みは、武者小路実篤もいかにも神話が生まれた土地の山並みと絶賛しました。 黄色の花は菜の花です。 畑、古墳なども見えています。



写真BN: '04年(平成16年)4月25日に行われた第55回全国植樹祭の時の建物も見えています。 西都市にある西都原古墳群の台地の様子。 鬼の窟から見た景色。 一番高い右奥の山は尾鈴山(おすずやま)です。 遠くの山並みは、武者小路実篤もいかにも神話が生まれた土地の山並みと絶賛しました。 黄色の花は菜の花です。 桜の花、広場、畑なども見えています。



写真BO: 西都市にある西都原古墳群の台地の様子。 鬼の窟から見た景色。 遠くの山並みは、武者小路実篤もいかにも神話が生まれた土地の山並みと絶賛しました。 黄色の花は菜の花です。 畑、古墳なども見えています。



写真BP: 西都市にある西都原古墳群の台地の様子。 一番高い右奥の山は尾鈴山(おすずやま)です。 鬼の窟から'04年(平成16年)4月25日に行われた第55回全国植樹祭の時の建物方向を見た景色。 遠くの山並みは、武者小路実篤もいかにも神話が生まれた土地の山並みと絶賛しました。 黄色の花は、菜の花です。



写真BQ: 西都市にある西都原古墳群の台地の様子。 鬼の窟から'04年(平成16年)4月25日に行われた第55回全国植樹祭の時の建物方向を見た景色。 遠くの山並みは、武者小路実篤もいかにも神話が生まれた土地の山並みと絶賛しました。 黄色の花は、菜の花です。



写真BR: 西都市にある西都原古墳群の台地の様子。 鬼の窟から'04年(平成16年)4月25日に行われた第55回全国植樹祭の時の広場方向を見た景色。 遠くの山並みは、武者小路実篤もいかにも神話が生まれた土地の山並みと絶賛しました。 黄色の花は、菜の花です。 桜の花も見えています。



写真BS: 西都市にある西都原古墳群の台地の様子。 鬼の窟から'04年(平成16年)4月25日に行われた第55回全国植樹祭の時の広場方向を見た景色。 遠くの山並みは、武者小路実篤もいかにも神話が生まれた土地の山並みと絶賛しました。 黄色の花は、菜の花です。 桜の花も見えています。



写真BT: 西都市にある西都原古墳群の台地の様子。 鬼の窟から'04年(平成16年)4月25日に行われた第55回全国植樹祭の時の広場方向を見た景色。 遠くの山並みは、武者小路実篤もいかにも神話が生まれた土地の山並みと絶賛しました。 黄色の花は、菜の花です。 桜の花も見えています。



写真BU: 西都市にある西都原古墳群の台地の様子。 鬼の窟から見た景色。 遠くの山並みは、武者小路実篤もいかにも神話が生まれた土地の山並みと絶賛しました。 黄色の花は、菜の花です。 桜の花も見えています。



写真BV: 西都市にある西都原古墳群の台地の様子。 鬼の窟から見た景色。 遠くの山並みは、武者小路実篤もいかにも神話が生まれた土地の山並みと絶賛しました。 黄色の花は、菜の花です。 桜の花、駐車場も見えています。



写真BW: 西都市にある西都原古墳群の台地の様子。 鬼の窟から見た景色。 黄色の花は、菜の花です。 茶畑、駐車場、桜の花も見えています。



写真BX: 西都市にある西都原古墳群の台地の様子。 鬼の窟から見た景色。 黄色の花は、菜の花です。 茶畑も見えています。



写真BY: 西都市にある西都原古墳群の台地の様子。 鬼の窟から見た景色。 古墳、茶畑、酒元ノ上横穴墓群にある西都原古墳群遺構保存覆屋も見えています。



写真BZ: 西都市にある西都原古墳群の台地の様子。 鬼の窟から見た景色。 菜の花、茶畑、酒元ノ上横穴墓群にある西都原古墳群遺構保存覆屋も見えています。



写真CA: 西都市にある西都原古墳群の台地の様子。 鬼の窟から見た景色。 菜の花、茶畑、古墳(姫塚(202号墳))、駐車場のトイレも見えています。



写真CB: 西都市にある西都原古墳群の台地の様子。 鬼の窟から見た景色。 菜の花、茶畑、古墳、駐車場のトイレも見えています。 遠くには、新田原(にゅうたばる)も見えています。



写真CC: 西都市にある西都原古墳群の台地の様子。 鬼の窟から見た景色。 菜の花、茶畑、古墳も見えています。 遠くには、新田原(にゅうたばる)も見えています。



写真CD: 西都市にある西都原古墳群の台地の様子。 鬼の窟から見た景色。 菜の花、森も見えています。



写真CE: 西都市にある西都原古墳群の台地の様子。 鬼の窟から見た景色。 菜の花、森も見えています。



写真CF: 西都市にある西都原古墳群の台地の様子。 鬼の窟から見た景色。 菜の花、古墳、森も見えています。



写真CG: 西都市にある西都原古墳群の台地の様子。 鬼の窟から見た景色。 菜の花、古墳、森も見えています。



写真CH: 西都市にある西都原古墳群の台地の様子。 鬼の窟から見た景色。 菜の花、古墳、森も見えています。



写真CI: 西都市にある西都原古墳群の台地の様子。 鬼の窟から見た景色。 菜の花、森も見えています。



写真CJ: 西都市にある西都原古墳群の台地の様子。 鬼の窟から見た景色。 菜の花、畑、森、'04年(平成16年)4月25日に行われた第55回全国植樹祭の時の建物、駐車場のそばのトイレも見えています。



写真CK: 西都市にある西都原古墳群の台地の様子。 鬼の窟から見た景色。 菜の花、古墳、森、も見えています。



写真CL: 菜の花と鬼の窟古墳。



写真CM: 西都原には茶畑もあります。 その農作業が農業機械で行われています。



写真CN: 西都原の車道の両側にも菜の花があります。 先には、桜の花も見えています。



写真CO: 1950年代頃までは、西都原を一周する、農耕馬を使った「草競馬」が行われていました。 その競馬場の両側に、桜が昔からありました。 今の2列の桜並木は、その名残(なごり)です。 今の2列の桜並木の間を、馬が走っていました。 以前は、馬が走っているところの両側は土手になっていて、馬の走るところは少し低くなっていました。 この土手に桜並木がありました。 1950年代には、すでに菜の花も西都原では植えられていました。 春の西都原は、昔から、「桜と菜の花」が名物でした。



写真CP: 西都原の2列の桜並木。 昔はこの間を、草競馬の農耕馬が競争していました。 満開の桜です。



写真CQ: 全国植樹祭が行われた広場です。 遠くの高い山は尾鈴山です。



写真CR: 全国植樹祭が行われた広場。



写真CS: 全国植樹祭が行われた広場です。



写真CT: 全国植樹祭が行われた広場。 桜並木も見えています。



写真CU: 全国植樹祭が行われた広場です。 桜も見えています。



写真CV: 全国植樹祭が行われた広場。 この三叉路の左奥に大きな駐車場があります。 右の林の奥には、「このはな館」があります。



写真CW: 全国植樹祭が行われた広場。 菜の花の奥に駐車場の車が見えています。



写真CX: 全国植樹祭が行われた広場です。 鬼の窟古墳も菜の花の奥に見えています。



写真CY: 全国植樹祭が行われた広場。 '04年(平成16年)4月25日に行われた第55回全国植樹祭の時の建物も見えています。



写真CZ: 全国植樹祭が行われた広場です。 '04年(平成16年)4月25日に行われた第55回全国植樹祭の時の建物も見えています。



写真DA: 西都原の「桜の花と菜の花」。



写真DB: 西都原の「桜の花と菜の花」。 全国植樹祭が行われた広場。



写真DC: 全国植樹祭が行われた広場。 西都原の「桜の花と菜の花」。 中央の赤っぽい葉の木はカナメモチです。



写真DD: 全国植樹祭が行われた広場。 西都原の「桜の花と菜の花」。



写真DE: 西都原の「桜の花と菜の花」。 全国植樹祭が行われた広場。 テレビカメラ撮影も行われていました。



写真DF: 西都原の「菜の花」。 全国植樹祭が行われた広場。



写真DG: 西都原の「菜の花」。 NHKの遠隔操作のテレビカメラ、パラボラアンテナも設置してありました。



写真DH: 西都原の「菜の花」。 NHKの遠隔操作のテレビカメラ、パラボラアンテナも設置してありました。



写真DI: 広場から見た鬼の窟古墳。



写真DJ: 西都原の「菜の花と桜の花」。 全国植樹祭が行われた広場。



写真DK: 西都原の「菜の花と桜の花」です。



写真DL: 西都原の「菜の花と桜の花」です。 赤い葉の木はカナメモチ。 奥の森は、女狭穂塚(めさほづか)と男狭穂塚(おさほづか)のあるところです。



写真DM: 西都原の「菜の花と桜の花」です。 奥の森は、女狭穂塚(めさほづか)と男狭穂塚(おさほづか)のあるところです。



写真DN: 宮崎県西都市にある西都原の「菜の花と桜の花」です。 全国植樹祭が行われた広場。



写真DO: 宮崎県西都市にある西都原の「菜の花と桜の花」です。 全国植樹祭が行われた広場。



写真DP: 宮崎県西都市にある西都原の「菜の花と桜の花」です。 全国植樹祭が行われた広場。



写真DQ: 全国植樹祭が行われた広場。 宮崎県西都市にある西都原の「菜の花と桜の花」です。



写真DR: '04年(平成16年)4月25日に行われた第55回全国植樹祭の時の建物。



写真DS: '04年(平成16年)4月25日に行われた第55回全国植樹祭の時の建物。



写真DT: '04年(平成16年)4月25日に行われた第55回全国植樹祭の時の建物と石碑(せきひ)。



写真DU: 第55回全国植樹祭のときに、平成天皇が作られた和歌。 「御製  あまたなる いにしえ人が ねむりいる 西都原台地に 苗木を植うる」と彫(ほ)られています。



写真DV: 平成16年4月25日にここで行われた第55回全国植樹祭の石碑。 「第55回全国植樹祭、開催理念 人と自然の共生する環境づくり、開催テーマ 空と海 心をつなぐ 森づくり、開催日 平成16年4月25日、宮崎県」と彫(ほ)られています。



写真DW: '04年(平成16年)4月25日に行われた第55回全国植樹祭の時の建物から見た景色。 鬼の窟古墳も見えています。 右の木は、天皇皇后両陛下のお手植えの木。



写真DX: '04年(平成16年)4月25日に行われた第55回全国植樹祭の時の建物から見た景色。



写真DY: '04年(平成16年)4月25日に行われた第55回全国植樹祭の時の建物から見た景色。



写真DZ: '04年(平成16年)4月25日に行われた第55回全国植樹祭の時の建物から見た景色。



写真EA: '04年(平成16年)4月25日に行われた第55回全国植樹祭の時の建物から見た景色。



写真EB: '04年(平成16年)4月25日に行われた第55回全国植樹祭の時の建物から見た景色。 桜並木、菜の花、石碑も見えています。



写真EC: '04年(平成16年)4月25日に行われた第55回全国植樹祭の時の建物から見た景色。



写真ED: '04年(平成16年)4月25日に行われた第55回全国植樹祭の時の建物から見た景色。 鬼の窟古墳、お手植えの木も見えています。



写真EE: '04年(平成16年)4月25日に行われた第55回全国植樹祭の時の建物から見た景色。 鬼の窟古墳、お手植えの木も見えています。



写真EF: '04年(平成16年)4月25日に行われた第55回全国植樹祭の時の建物から見た景色。 桜並木、菜の花、石碑も見えています。



写真EG: '04年(平成16年)4月25日に行われた第55回全国植樹祭の時の建物から見た景色。 桜並木、菜の花も見えています。



写真EH: '04年(平成16年)4月25日に行われた第55回全国植樹祭の時の建物から見た景色。 桜並木、菜の花、お手植えの木も見えています。



写真EI: '04年(平成16年)4月25日に行われた第55回全国植樹祭の時の建物から見た景色。 桜並木、菜の花も見えています。



写真EJ: '04年(平成16年)4月25日に行われた第55回全国植樹祭の時の建物から見た景色。 お手植えの木、桜並木、菜の花も見えています。



写真EK: '04年(平成16年)4月25日に行われた第55回全国植樹祭の時の建物から見た景色。 菜の花も見えています。



写真EL: '04年(平成16年)4月25日に行われた第55回全国植樹祭の時の建物から見た景色。 お手植えの木、菜の花も見えています。



写真EM: '04年(平成16年)4月25日に行われた第55回全国植樹祭の時の建物から見た景色。 鬼の窟古墳、お手植えの木、菜の花も見えています。



写真EN: '04年(平成16年)4月25日に行われた第55回全国植樹祭の時の建物から見た景色。 鬼の窟古墳、菜の花も見えています。



写真EO: '04年(平成16年)4月25日に行われた第55回全国植樹祭の時の建物から見た景色。 鬼の窟古墳、お手植えの木、菜の花も見えています。



写真EP: 西都原台地には、NHKの遠隔操作のテレビカメラ、パラボラアンテナも設置されていました。 桜並木、菜の花、赤い葉の木のカナメモチも見えています。 奥の森は、女狭穂塚(めさほづか)と男狭穂塚(おさほづか)のあるところです。



写真EQ: 西都原の桜の花。



写真ER: 西都原の「桜の花と菜の花」。



写真ES: 西都原の桜の花。



写真ET: 西都原の桜の花。



写真EU: 西都原の桜の花。



写真EV: 西都原の「桜の花と菜の花」。



写真EW: 西都原古墳群の「桜の花と菜の花」。



写真EX: 西都原古墳群の「桜の花と菜の花」。



写真EY: 西都原古墳群の「桜の花と菜の花」。



写真EZ: 西都原古墳群の「桜の花と菜の花」。



写真FA: 西都原古墳群の桜の花。



写真FB: 西都原古墳群の「桜の花と菜の花」。



写真FC: 西都原にある桜の花のそばの車道。



写真FD: 西都原の交差点。 左先に「このはな館」、右手に御陵墓前広場があります。 道を左先に行くと、運動公園、妻高等学校、三宅神社、国分寺跡などがあります。



写真FE: この林の奥に、「このはな館」があります。



写真FF: 宮崎県西都市にある西都原古墳群の「桜の花と菜の花」。



写真FG: 宮崎県西都市にある西都原古墳群の「桜の古い幹(みき)と菜の花」。



写真FH: 西都原の交差点。 右に行くと、桜並木を経(へ)て西都原梅林、宮崎県立西都原考古博物館、穂北の町に降りる道、石貫の階段、児湯の池などがあります。 左先に行くと、高取山、宮崎県立西都原考古博物館や寺原を経て、山路方面に行きます。



写真FI: 西都原の交差点。 道を奥先に行くと、運動公園、妻高等学校、三宅神社、国分寺跡などがあります。



写真FJ: 御陵墓前広場の桜祭りの出店。



写真FK: 御陵墓前広場の桜祭りの出店。 これは占い屋さんです。



写真FL: 「特別史跡 西都原古墳群」と彫られた石碑が、御陵墓前広場の入り口にあります。



写真FM: お祭りなどの行事があるときには、この建物は案内所になります。 御陵墓前広場の入り口にあります。



写真FN: 西都原にある御陵墓前広場の、桜祭りの出店と桜の花。



写真FO: 西都原にある御陵墓前広場の、桜祭りの出店と桜の花。



写真FP: 西都原にある御陵墓前広場の、桜祭りの物産展、出店と桜の花。



写真FQ: 西都原にある御陵墓前広場の、桜祭りの物産展と桜の花。



写真FR: 西都原にある御陵墓前広場の桜祭り。



写真FS : 「西都原 御陵墓前広場」と彫られた石碑(せきひ)。



写真FT: 宮崎県西都市にある西都原古墳群にある建物。 古墳祭りなどのこの前で行われます。 後ろは、女狭穂塚(めさほづか)の森です。 この森の中に、女狭穂塚(めさほづか)と男狭穂塚(おさほづか)の大きな古墳があります。



写真FU: 御陵墓前広場の桜祭りの出店には、「金魚すくい」もありました。



写真FV: 御陵墓前広場の桜祭りの出店には、「はしまき(箸巻き)」も売っていました。



写真FW: 西都原古墳群にある「このはな館」。 この建物には、「西都原ガイダンスセンター 観光案内所」、展示、物産展、売店、食堂などがあります。 そばには大きな駐車場もあります。 昔は、ここには「御陵の茶屋」がありました。



写真FX: 西都原古墳群にある「このはな館」。 レストランの看板です。



写真FY: 西都原古墳群にある「このはな館」の定礎。 平成15年10月に「このはな館」は建てられました。 これは、第55回全国植樹祭が西都原古墳群で行われた前年にあたります。



写真FZ: 西都原古墳群にある「このはな館」。



写真GA: 西都原古墳群にある「このはな館」前の広場。



写真GB: 西都原古墳群にある「このはな館」前の広場。



写真GC: 西都原にある「このはな館」。 展示場です。



写真GD: 西都原にある「このはな館」の中。 展示、物産展、売店、食堂などがあります。



写真GE: 西都原にある「このはな館」。 展示、物産展、売店、食堂などがあります。



写真GF: 西都原にある「このはな館」。 展示、物産展、売店、食堂などがあります。



写真GG: 「このはな館」にある西都原古墳群の地図、案内板。。



写真GH: 西都市の観光、行楽、史跡、名所などの地図。 西都市観光ガイド。



写真GI: 西都市の観光、行楽、史跡、名所などの地図。 西都市観光ガイド。



写真GJ: 西都市観光ガイド。 西都市の観光、行楽、史跡、名所などの地図。



写真GK: 西都原古墳群にある「このはな館」の入り口。 左手には、「西都原ガイダンスセンター 観光案内所」があります。



写真GL: 「このはな館」にある「西都原ガイダンスセンター 観光案内所」。



写真GM: 西都原古墳群にある「このはな館」前の広場。 「三段登り窯(のぼりがま)」があります。 この三段登り窯は1985年(昭和60年)に建造、このはな館の建設を機に整備されたものです。 全国の自治体でこのような大型の登り窯を保有するのは本市のみであります。 管理運営は本市の陶芸組合に委託してあります。 西都市観光協会 と書いてあります。



写真GN: 西都原古墳群にある「このはな館」前の広場。 「三段登り窯(のぼりがま)」があります。 この三段登り窯は1985年(昭和60年)に建造、このはな館の建設を機に整備されたものです。 全国の自治体でこのような大型の登り窯を保有するのは本市のみであります。 管理運営は本市の陶芸組合に委託してあります。 西都市観光協会 と書いてあります。



写真GO: 「このはな館」のそばには、広い駐車場もあります。



写真GP: 登り窯も見えています。



写真GQ: 桜の花と森。 この森の中に、女狭穂塚(めさほづか)と男狭穂塚(おさほづか)の大きな古墳があります。



写真GR: タバコの畑と桜、森、遠くの山並み。 この森の中に、女狭穂塚(めさほづか)と男狭穂塚(おさほづか)の大きな古墳があります。



写真GS: 西都原古墳群。 この先には、運動公園、妻高校、三宅神社、国分寺跡などがあります。 左に細い道を入ると、西都原古墳群遺構保存覆屋があります。



写真GT: 西都原古墳群には、桃の花もありました。



写真GU: 西都原に咲いている桃の花。



写真GV: 西都原古墳群の桃の花。



写真GW: 西都原の桃の花。 満開でした。



写真GX: 西都原古墳群にある西都原古墳群遺構保存覆屋の近くには、野草のムラサキケマンの花が咲いていました。



写真GY: 秋には、西都原はコスモスの花で溢(あふ)れます。 鬼の窟古墳とコスモスの花。



写真GZ: 秋には、西都原はコスモスの花で溢(あふ)れます。 鬼の窟古墳とコスモスの花。



写真HA: 秋には、西都原はコスモスの花で溢(あふ)れます。 鬼の窟古墳の近くの三叉路(さんさろ)とコスモスの花。



写真HB: 鬼の窟古墳のまわりの、土手から見たコスモスの花。



写真HC: 整備前の鬼の窟古墳の写真(看板から)。 墳丘の中腹には、クスノキが生えていました。 まわりのドーナツ状の土手の高さは、永年の間に、このように低くなっていました。



写真HD: 鬼の窟古墳のまわりの、土手から見たコスモスの花と古墳。



写真HE: 秋には、西都原はコスモスの花で溢(あふ)れます。 鬼の窟古墳とコスモスの花。



写真HF: 秋には、西都原はコスモスの花で溢(あふ)れます。 鬼の窟古墳とコスモスの花。



写真HG: 秋には、西都原はコスモスの花で溢(あふ)れます。 鬼の窟古墳とコスモスの花。



写真HH: 第55回全国植樹祭の時に作られた建物と石碑。



写真HI: 第55回全国植樹祭の時に作られた建物とコスモスの花。



写真HJ: コスモスの花と第55回全国植樹祭の時に作られた建物、石碑。



写真HK: 秋には、西都原はコスモスの花で溢(あふ)れます。 鬼の窟古墳とコスモスの花。



写真HL: 秋には、西都原はコスモスの花で溢(あふ)れます。 鬼の窟古墳とコスモスの花。



写真HM: 秋には、西都原はコスモスの花で溢(あふ)れます。 鬼の窟古墳とコスモスの花。



写真HN: 秋には、西都原はコスモスの花で溢(あふ)れます。 鬼の窟古墳とコスモスの花。



写真HO: 秋には、西都原はコスモスの花で溢(あふ)れます。 鬼の窟古墳とコスモスの花。



写真HP: 第55回全国植樹祭の時の広場も見えています。



写真HQ: 西都原古墳群で毎年行われる「古墳まつり」。 この女の人は、コノハナサクヤ姫を演じています。



写真HR: 西都原で毎年行われる「古墳まつり」。 太鼓(たいこ)の演技です。



写真HS: 西都原古墳群で毎年行われる「古墳祭り」。 太鼓(たいこ)が演じられます。



写真HT: 西都原古墳群で毎年行われる「古墳まつり」。 太鼓が奉納されます。



写真HU: 西都原古墳群で毎年行われる「古墳祭り」。 古墳時代の衣装と刀で踊りが演じられます。



写真HV: 西都原古墳群で毎年行われる「古墳まつり」。 下水流臼太鼓踊り(しもずるうすだいこおどり)が奉納されます。 下水流は西都市 穂北の地名です。



写真HW: 西都原で毎年行われる「古墳まつり」。 下水流臼太鼓踊りです。



写真HX: 西都原古墳群で毎年行われる「古墳祭り」。 下水流臼太鼓踊り(しもずるうすだいこおどり)が奉納されます。 下水流は西都市 穂北の地名です。



写真HY: 西都原で毎年行われる「古墳まつり」。 下水流臼太鼓踊りです。 背中に立てる飾りは、和紙で出来ています。 だから、雨の日は踊りは行われません。



写真HZ: 西都原で毎年行われる「古墳祭り」。 下水流臼太鼓踊りです。 和紙製の飾りの上部。 背中に立てる飾りは、和紙で出来ています。 だから、雨の日は踊りは行われません。



写真IA: 西都原古墳群で毎年行われる「古墳まつり」。 下水流臼太鼓踊り(しもずるうすだいこおどり)が奉納されます。 踊りが終わって、隊列を組んで退場します。



写真IB: 西都原古墳群で毎年行われる「古墳まつり」。 「火おこしコンテスト」が行われます。 昔の古墳時代の火おこしを体験する行事です。



写真IC: 西都原古墳群で毎年行われる「古墳祭り」。 「火おこしコンテスト」が行われます。 昔の古墳時代の火おこしを体験する行事です。 棒を回転させて、乾燥した「杉の葉」の粉を振りかけます。 煙(けむり)が出ます。 手の先に見えているパイプをくわえて、息を吹きかけます。 炎が杉の粉から出れば、大成功です。



写真ID: 西都原古墳群で毎年行われる「古墳まつり」。 物産展で、「こんにゃくいも」が展示されていました。 この「こんにゃくいも」から こんにゃく を作ります。



写真IE: 西都原古墳群で毎年行われる「古墳まつり」のころは、コスモスの花が満開です。 鬼の窟古墳の上に数名の人が見えます。



写真IF: 西都原の梅の花。 「西都原梅林(西都原梅園)」。 梅の花が咲いています。 奥の前方後円墳は、第3古墳群の船塚(265号墳、ふなづか)です。 背の低い木が梅林です。 梅の木はそれほど古くはありません。



写真IG: 西都原の梅の花。 「西都原梅林(西都原梅園)」。 梅の花が咲いています。 前方後円墳の、第3古墳群の船塚(265号墳、ふなづか)の近くに梅林はあります。 背の低い木が梅林です。 梅の木はそれほど古くはありません。



写真IH: 「西都原梅林(西都原梅園)」の近くには古墳が数多くあります。 この付近の古墳は、第3古墳群に属します。



写真II: 西都原の梅の花。 「西都原梅林(西都原梅園)」の近くには古墳が数多くあります。 左の背の低い木は梅の木です。 右の丘は古墳です。 奥の白い建物は、西都市の上水道の水源地(タンク)です。 この付近の古墳は、第3古墳群に属します。



写真IJ: 「西都原梅林(西都原梅園)」の近くには古墳が数多くあります。 奥の大きな建物は、宮崎県立西都原考古博物館です。 この付近の古墳は、第3古墳群に属します。



写真IK: 「西都原梅林(西都原梅園)」の近くにある船塚。 西都原古墳群 第3古墳群の船塚(265号墳、ふなづか)は、前方後円墳です。



写真IL: 宮崎県西都市 西都原古墳群にある「宮崎県立西都原考古博物館」の玄関です。 宮崎県立西都原考古博物館は、南九州の人々の生きた証(あかし)を見つめる「人と歴史の博物館」、考古学の思想に基づきストーリーに沿った謎解きを展開する「考古博物館」と、様々な情報を検証する「考古学研究所」で構成されていて、ロマンあふれる古代日向の情報発信の拠点として、多くの分野から注目されています。



写真IM: 西都原古墳群にある「宮崎県立西都原考古博物館」から見た階段、駐車場、古墳群など。 遠くに新田原(にゅうたばる)台地が見えています。 右の森には、女狭穂塚(めさほづか)と男狭穂塚(おさほづか)の大きな古墳があります。



写真IN: 「宮崎県立西都原考古博物館」から見た景色。 西都原の梅林も遠くに見えています。 古墳も見えています。



写真IO: 「宮崎県立西都原考古博物館」から見た景色。 古墳も見えています。



写真IP: 「宮崎県立西都原考古博物館」から見た景色。 古墳も見えています。



写真IQ: 「宮崎県立西都原考古博物館」から見た景色。 西都原の梅林も遠くに見えています。 古墳も見えています。



写真IR: 「宮崎県立西都原考古博物館」の玄関を見下ろしたもの。



写真IS: 「宮崎県立西都原考古博物館」から見た景色。右手には、 飯盛塚(いいもりづか、169号墳)も見えています。 うっすらと遠くに見えているのは、新田原台地です。



写真IT: 「西都原資料館跡」の看板。
 西都原資料館は、特別史跡西都原古墳群が1966年(昭和41年)10月から「風土記の丘」第1号として整備されたことに伴い、県立博物館の分館として建設され、1968年(昭和43年)7月に開館しました。 開館以来、220万人を超える利用のあった資料館でしたが、県立西都原考古博物館が建設されたことで、2003年(平成15年)10月に閉館となりました。



写真IU: 西都原資料館のあった所。 記念建造物が出来ています。



写真IV: 西都原資料館のあった所。 記念建造物が出来ています。 奥の大きな建物は、県立西都原考古博物館。
西都原資料館は、特別史跡西都原古墳群が1966年(昭和41年)10月から「風土記の丘」第1号として整備されたことに伴い、県立博物館の分館として建設され、1968年(昭和43年)7月に開館しました。 開館以来、220万人を超える利用のあった資料館でしたが、県立西都原考古博物館が建設されたことで、2003年(平成15年)10月に閉館となりました。



写真IW: この付近も西都原資料館の敷地でした。 当時も、このあたりは芝生になっていました。 奥に、西都原資料館跡の記念建造物が見えています。



写真IX: 「復元古代住居」の看板。
この家屋は、1966年(昭和41年)に復元された古墳時代の平地住居です。 復元は、当時の東京国立文化財研究所長 関野克氏の設計指導によるもので、5世紀頃の家屋文鏡や埴輪を参考にして建築されました。 



写真IY: 西都原資料館時代からあった「復元古代住居」。
この家屋は、1966年(昭和41年)に復元された古墳時代の平地住居です。 復元は、当時の東京国立文化財研究所長 関野克氏の設計指導によるもので、5世紀頃の家屋文鏡や埴輪を参考にして建築されました。



写真IZ: 西都原古代生活体験館。 県立西都原考古博物館の近くにあります。



写真JA: 西都原にある「白蛇様出現」の看板。 これは遠くの道路に立っていたものが、白蛇様の近くに戻されたもののようです。



写真JB: 西都原にある「白蛇様の由来」の看板。



写真JC: 西都原にある「白蛇様」がいた建物。 「白蛇様御拝観所」と入り口に書いてあります。 お神籤(みくじ)が右の木の所にたくさん結んであります。



写真JD: 白蛇様のいたところ。 上の建物の中です。



写真JE: 西都原の白蛇様のいたところ。 白蛇は、シマヘビの白化したもので、各地でたまに発見されています。



写真JF: 2010年(平成22年)から西都原にヒマワリが植えられました。 7月上旬から8月上旬頃まで花を楽しめます。
高さ約1 mで花は大きめのひまわりです。 高さが低いので全体の花が見渡せます。 良い香りがします。 ミツバチも花に来ています。 約200万本のヒマワリは素晴(すば)らしいものです。 牛、豚などの口蹄疫(こうていえき)からの復興のシンボルとして、また西都原の夏の花として植えられました。
後ろは鬼の窟(おにのいわや)古墳です。



写真JG: 宮崎県 西都市にある西都原古墳群の向日葵(ひまわり)の花です。



写真JH: 2010年(平成22年)から西都原にヒマワリが植えられました。 7月上旬から8月上旬頃まで花を楽しめます。
高さ約1 mで花は大きめのひまわりです。 高さが低いので全体の花が見渡せます。 良い香りがします。 ミツバチも花に来ています。 約200万本のヒマワリは素晴(すば)らしいものです。 牛、豚などの口蹄疫(こうていえき)からの復興のシンボルとして、また西都原の夏の花として植えられました。



写真JI: 西都原古墳群から西を見た景色。 大瀬内山(標高 978.6 m)、稗畑山(標高 853.4 m)、杖木山(標高 1011 m)、猪田山(標高 741 m)、地蔵岳(標高 1089 m)、空野山(標高 1126.8 m)、オサレ山(標高 1151.9 m)などが見えます。



写真JJ: '04年(平成16年)4月25日に行われた第55回全国植樹祭のとき、天皇皇后陛下がおすわりになった建物が見えています。



写真JK: 植樹祭の時に建てられた建物と向日葵(ヒマワリ)の花です。



写真JL: 蜜蜂(みつばち)がヒマワリの花に来ています。



写真JM: 西都原古墳群の鬼の窟(おにのいわや)とヒマワリの花です。



写真JN: 2010年(平成22年)から西都原にヒマワリが植えられました。 7月上旬から8月上旬頃まで花を楽しめます。
高さ約1 mで花は大きめのひまわりです。 高さが低いので全体の花が見渡せます。 良い香りがします。 ミツバチも花に来ています。 約200万本のヒマワリは素晴(すば)らしいものです。 牛、豚などの口蹄疫(こうていえき)からの復興のシンボルとして、また西都原の夏の花として植えられました。



写真JO: 南を見た景色です。 西都原古墳群の女狭穂塚(めさほづか)の森が見えています。



写真JP: 南西を見たもの。 こちらにもひまわりの花が咲いています。 西都市の西都原古墳群のひまわりの花。



写真JQ: 東を見た景色。 鬼の窟古墳とひまわりの花。



写真JR: 北を見たもの。 ショベルカーで何かを掘(ほ)っているようです。 手前にヒマワリの花、遠くに古墳(こふん)が見えています。



写真JS: 左に女狭穂塚 (めさほづか)などに入る門と注意板が見えます。 右にあじさいの花、と桜の木があります。



写真JT: 女狭穂塚 (めさほづか)の近くの道にあるアジサイの花です。



写真JU: 車道のそばにあじさいの花が咲いていました。



写真JV: 「あじさいの花」です。



写真JW: 西都原のアジサイの花です。



写真JX: 西都原の元 競馬場のそばにある「あじさいの花」です。



写真JY: 「あじさいの花」です。



写真JZ: 奥は女狭穂塚 (めさほづか)です。 アジサイを植えてあります。



写真KA: ここにもあじさいの花が咲いていました。



写真KB: 「アジサイの花」です。



写真KC: 「あじさいの花」です。



写真KD: 西都原から穂北地区に降りる道のアジサイの花です。 奥に古墳 (こふん)が見えます。



写真KE: 穂北地区に降りる途中 (とちゅう)のあじさいの花です。



写真KF: 穂北地区に降りる車道のそばにもアジサイの花が咲いていました。



写真KG: 「あじさいの花」です。



写真KH: 西都原古墳群に現れた虹(にじ)。 鬼の窟古墳の近くです。



写真KI: 西都原の「二重虹」。 くっきりと見える虹には、もう一つ上方にも、うすく虹が見えることがあります。 「二重の虹」を写真に捕らえることが出来ました。 鬼の窟古墳の近くから撮影。



写真KJ: 西都原の虹。 第55回全国植樹祭の時の建物と鬼の窟(いわや)も見えています。



by 南陽彰悟 (NANYO Shogo)